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2018.11.09

永遠の生命と地獄の発見と人生

 

 ここのところ、何となく、地獄的な状況と遭遇する。

 どうしてだろう。地獄などという、とてつもない概念を得ると、今更ながら人生の「深さ」、を、感じる。

 あまりにもよくできた話、ではないか。

 もちろん地獄の存在は、文学上はいたって平凡なもので、日本のそれはそれで興味のある課題であると、思う。だがしかし、それは、近代社会で日本文学から駆逐された、非科学的な概念。として、日本の古い話として、歴史に名をとどめているにすぎない、と、思っていた。

 昨日、なんと、雑司ヶ谷墓地に縁があった。なぜか、これも今から考えると、おかしな話で、自然とそこに導かれた。東池袋の銀行に用があって、行ったにすぎないのである。が、その経緯が、現代的だ。地元のATMで故障があり、ATMの脇にある電話を初めて使うことになった。たまには、そういった人がいるが、私には初めての経験である。

 要件は、アマゾンで買った「マルティンルターの生涯」新潮社、昭和48年発行を買った(本体393円で送料350円)からである。その振り込みに行った。わけだ。事故は、その時で。振り込み用の私のお金(お釣り)と通帳が出てこない、ママ。ATMの管理本部に通知してください。などと表示がある。これ以降は、書くのも面倒。で、結局池袋まで出かけて、ことは済んだ。要するに、お釣りの9000円なにがしかが、やっと戻ってきた、ので。ホッとした、に過ぎない。地元のATMから池袋までは電車だ、電車賃をよこせ、などと老人は言わない。

 若い、警備員の真摯な対応と、ATMというコンピューターの非人間的な構造が生み出した、結果である。

 ともあれ問題は解決したので、あれ嬉しやと、コーヒータイムをしようと思ったが、何となく気が向かず。そのまま歩いて、近くの雑司ヶ谷墓地を抜け、雑司ヶ谷駅で電車に乗って、帰ってきた。次第。その墓地を抜けたのは、何年ぶりだろう。その墓地には色々思い出がある。

 まず、怪談話としてのラフカディオハーンの墓が気になったのは、地獄論をやっているからである。次が、永井荷風の墓、次が東條英機の墓である。東條の墓の表記は、実は私が盛んに歴史研究をしているときは、真面目に記載されていない。世間が戦後70年以上経過して初めて、最近かどうかはわからないが、表記されるようになったものだ。彼は、日本占領軍が死刑後の彼を、みんなで軍神化する事を恐れ、飛行機でその遺灰を、蒔いた。とされていて、その墓には、入っておらず。長く東條家の墓に過ぎない、と表示されていたものだ。

 が、そんなことになっている。そうか、などと思いながら、筆で有名なナムラ本社の前に出た。すると、何と知り人がいる。昔、池袋に中国画材という画材屋さんがあった、その店長である。今も、そこで働いているとは、慶賀。に尽きる。NAMURAの筆は、私の愛好の筆、世界堂でいつも買うのであるが。まーそんな経緯。

 これなどは、何となく地獄に仏的話としては、私としては完結している。ともかく、あの辺りは、高速地下隧道を造っていて、昔の景観はますます失われているが、墓地は冬の佇まいとして抜群であるのは、昔も今も変わっていない。ので、安心した。死者は、静かに眠るべし、だが地獄論ではそうもいくまい。と、思った。

 筒井友美個展 「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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