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2018.11.14

永遠の生命と友人の死

 

 友人の死の知らせが、きた。

 明治学院の高校の時の同級生で、さらに大学まで学部が一緒だった。

 すなはち文学部である。内容は社会学科であるが、当時の頭(かしら)の分類では文学部である。で、明治学院の一貫教育で文学部に行くものは、本当の秀才で、大半の平凡人は経済学部か商学部である。が、天才とドン材が一緒の学部である。私は、鈍才派の天才組で成績は劣悪、一番の変わり者だった。大学まで、一貫教育であったから、私のようなものができたのであろう。死んだ彼は、高大だから、私のように当時中学から一貫したものは、文学部では私だけであろう、と思う。彼は、秀才組なのに、経済学部や商学部には(家業があったにも関わらず)、行かず、文学部に来た、稀有の人であった。

 

 なぜもともと、君のような秀才が明治学院などに来たのかと。聞いたことがある。

 すると彼の答えは、曖昧で。どうも明治大学を落ちて、付属ぐらいの気持ちできたようだ。家庭に事情があって親にもろくに相談ぜず、選んだのではないか、と想像している。ここが間違いの元で、私と友人になって、狂い出し、秀才も形無しであるが、健気に親の職業を忠実に引き継ぎ、終わっていった。その息子が、私の絵を買ってくれたから知っているが、実に素晴らしい人で、とても彼から生まれた人だとは、思えない人であった(彼は当時神経性の病気で、個展には息子さんが来てくれた)。

 で、奥さんに電話を入れて、お悔やみを言い。今朝、神の示唆を受けて、奥様に高校時代の教科書。ここ祖父ネットの中心的テキスト「我等の信仰」(ブルンナー箸)を送ることにした。手元にまだ数冊あるので、これこそ明治学院高校時代の教科書で、彼の仏前に供えてください、とか書いて、送ろうと思う。

 きっと奥様も息子さんも。自分の父親が、まさか、こんな教科書を使って勉強していた人物であるとは、きっと思わなかったし、知らなかったであろう。

 これが、それこそ、人生である。と、思った。彼の死の知らせと同日に、クローニンの古書「天国の鍵」(1976年、三笠書房刊行)が着いた。その本の見開きの扉には、「われなんじに天国の鍵をあたえん」と書かれている。十二弟子のひとりであるペテロに、キリストがこの言葉を与え(聖書)たとされるもので、これがカトリックの存在根拠になっている。主人公は、20年間(1938年と小説は書き出される)あの中国で、宣教事業に従事した神父の物語、のようだ。

 1938年か。なんだ、幕末ではないのであるか、とふと不思議に思った。この辺りは、日中戦争ではないか、おかしな小説である、なと、思ったのである。まだ、数ページも読んでいない。

 私たちが生まれたのは、その直後の1941年である。

 筒井友美個展 「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

下は筒井友美の作品。個展で実写。 

 

 

  

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