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2018.11.03

永遠の生命と「弁証法神学序説」を読み解きたい

 

 神学者ブルンナーさんが書いた、同書を読み解きたいものである。

 彼が、これを書いたのは32歳、時は1921年、大正10年。あの関東大震災が1923年、である。

 はじめ調べた時、1921年は大正14年、と記録してしまったので、あちこちで書いているから、間違って表記している可能性が高い。西暦と和暦の面倒な対象は、間違いやすい。まして、思想史、哲学史、宗教史などに関わると、厄介この上ない。だがしかし、世界で起こっている出来事は、自然災害こそ局地的であるが、思想的人災は、いよいよ本格的に世界的規模に拡大するその始めの頃である。と言えるだろう。

 だから、大化の改新とローマ帝国は、何にも関係がない。が、これが接近している中国大陸となると、もちろん影響はただならない。だから、日本人の歴史観では、中国を考えないわけにはいかないのである。むしろ、そこから始まっているようなものだ。明治学院でも我々の教育に、立派な漢文教育があり、大いに面白かった。むしろ、土地勘の全くないキリスト教教育より、はるかに面白かったのは事実である。

 その漢文の先生が、伊藤虎丸、という、東大院を出た人だから、結構面白く。また、その父上が戦争中の陸軍中将であったから、話はなんとも想像を絶して面白かったのである。私は、その先生が大好きで、彼自身がクリスチャンであったので、秀才のいない特殊な、当時の明治学院の高校の教師で、戦後の人生を始めたのであろう。彼は大陸育ちの人で、敗戦で家族とともに帰国し、結核を患い、それで戦後洗礼を受ける、感情入信型の典型的秀才クリスチャンである。

 戦前は、徹底的な軍人教育の下に、中国大陸にあった技術学校に行っていたのである。彼の父は陸軍の輸送系の技術将校で、陸軍士官学校出の陸軍中将であった。かなりの人であるが、輸送であるために、戦争では影の立役者であったと後でわかった。

 その彼が、戦後教育大東大で勉強し、「魯迅」の研究者になった。その腰掛的意味の就職が、明治学院高校の教師、その振り出しであり。始めのクラス担当、私が、(優秀すぎる)始めの生徒、なのである。

 で、明治学院高校の生徒は、一方ブルンナーのような、キリスト教の天才神学者の教科書を使っていたのだから、ことは、至って面倒になるということは、今わかることである。いつものように前置きが、長すぎるとは、わかっているので、ぼちぼち序論に。

 始めの解説に入ろうと思う。ブルンナーは序論を「現状と我らの戦い」として序説なる本を始める。私が言った、思想が世界的になってしまい、始末が悪くなる時代の背景を彼は「現状」として、書き始めるのである。いうまでもないが、ロマン時代と言われる大正期は終わりを告げ、いよいよ昭和の激動期が、始まる時である。私は、まだ生まれていない。

 ー~ー

 では、Wikipediaから伊藤先生を編集して転載したい。

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 伊藤 虎丸(いとう とらまる、1927年昭和2年 - 2003年平成15年131日)は、中国文学者。

 東京都生まれ。旅順工科大学卒、東京教育大学卒、同大学院をへて東京大学大学院中退。明治学院高等学校教諭、広島大学教授、和光大学教授、1980年東京女子大学教授、1995年明海大学教授、2000年退任、平和学園理事長。 中国近現代文学、魯迅と日本の比較などが専門。

  参考著書

  魯迅と終末論 近代リアリズムの成立 竜渓書舎 1975

  魯迅と日本人 アジアの近代と「個」の思想 1983.4 (朝日選書)

  近代の精神と中国現代文学 汲古書院 2007.10

 共編著

  郁達夫(zh)資料 作品目録・参考資料目録及び年譜 稲葉昭二,鈴木正夫共編 東京大学東洋文化研究所附属東洋学文献センター 1969 (東洋学文献センター叢刊)

  郁達夫資料補篇 稲葉昭二,鈴木正夫共編 東京大学東洋文化研究所附属東洋学文献センター 1973-74 (東洋学文献センター叢刊)

  創造社資料 10巻別巻1 アジア出版 1979 (中国研究文献)

  駱駝草 アジア出版 1982.1

  中国の文学論 横山伊勢雄共編 汲古書院 1987.9

 翻訳

  中国地質略論- 魯迅 中国現代文学選集 2 平凡社 1963

  魯迅全集 1 墳・熱風 学習研究社 1984.11

  魯迅全集 10 集外集拾遺補編 学習研究社 1986.12

 著書

  「魯迅と日本人」

・「神はわが病を負い」共著 1983年 日本基督教団出版局

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 以上です。が、・「神はわが病を負い」共著 1983年 日本基督教団出版局 、に氏のクリスチャンへの道が書いてあります。

 筒井友美個展 「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 その本では、8人の人たちが共同執筆している。その八番目に伊藤先生は書いていて、その題名は「墓の向こう側まで続く希望」である。から、明治学院時代の弟子の私が、今「永遠の生命」論をここで書くので、なんとなくしみじみとしたものがある。

 

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