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2018.11.10

永遠の生命と地獄論の発見、その一

 

 このテーマに、今引っかかっている。

 ので、前に進めない。

 プロテスタントの場合「地獄」は、登場しない(と、思っていた)。何度も言うように、明治学院高校の教科書に、その論が出ていたとは。それは、明確なイメージとしての具体的絵画的地獄、ではないものの、そのテキスト的概念は明確に記載されているとは、驚きである。

 で、内村鑑三を検索してみたが、彼のテーマに、地獄は一切出現しない。

 要するに、日本のキリスト教が未熟なのである。日本の仏教的風土は言うまでもなく、大乗的である。人間の皆が救済されると言うこの大理想は、日本の文化を覆っている。親鸞はその代表で、善人スクワル、ナオモテ悪人オヤ、は有名すぎる大乗仏教思想であって、日本文化を席巻している。これが、今の日本の精神風土の代表のようなものである。

 キリスト教プロテスタントにしても、私が今まで聞いてきたことは、ほとんど天国論(罪の赦し論)、すなはち救済論であり、地獄論ではない。だからここが、一番引っかかる。神学者ブルンナーがこれを書く。と、まず先に、英語的(イギリス人リリング訳)に表現すると次のようになる。

 There is only one thing more fearful than the thought that death ends all . と続いていく箇所。要するに、日本語で書くと。死とともに一切のものが消える、思想よりも。もっと恐ろしいものが、たった一つだけあります。と、豊沢登さんは、訳していく。つまり、死後の世界である。死は、終わりではないのです、と言うおそるべきメッセージ、なのである。

 だが今日は、これまで。今まで本当に知らなかったことなので、勉強不足。

 筒井友美個展 「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 

  下の写真はロダンの地獄門。ネットから転載。

 

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