« 永遠の生命と「夜明け前」の英語版 | トップページ | 永遠の生命と小説「夜明け前」は、語り出す »

2018.11.27

永遠の生命と「夜明け前」の英語版は、何を意味するのであるか

 

 明治学院が創業されたといわれる、明治維新前。

 創業者ヘボンは、宣教師として、始めは中国に渡っている。

 それは、失敗に及び帰国(アメリカ)して再出発し、宣教の場所を日本に変更する。その経緯を書いたのが、高谷道男氏である。

 私も明治学院で、実際の人物にあったことがある。

 その高谷氏は。一橋大学にいた頃、内村鑑三の聖書研究に通った人で、無教会には大いに興味があったに違いはない。ただ、氏は明治学院や関東学院で活躍し、宣教師ヘボンの研究者だったから、無教会的要素は、当時全く感じられなかった。私は、その高谷氏が書いた、「ドクトルヘボン」という本を、明治学院中学の時に渡され。それは、とても中学生では読めるものではないが、無理をして読んだ。本当に読めたのは、40代になってからである。

 だから、高谷氏自身の詳しい情報は、後から知った。ことで、私が独自で内村鑑三に興味を持って、研究し始め。初めて、知ったことである。内村全集(岩波書店刊行)にも名前のでる人、である。

 と、いったことで、「永遠の生命」やクローニンの小説「天国の鍵」などは、キリスト教である以上、どうしても。「永遠の生命」の論理として、理論化された事態と、関わらざるを得ない。が同時に、明治学院の島崎藤村も、この問題と。どう、関わったかは不明なのである。が、日本人が宣教師らによって、この問題(キリスト教的永遠の生命論)と、どう関わったかは。実際には、関わっていないのではないか、と思うようになった。

 つまり、世界の普遍の現在的大問題は、まだ、あの時には問われなかった、のではないか。いったい彼ら明治人は、キリスト教の何を学んだのか。これが、藤村を研究する目的で、かなり困難な課題だと思う。

 クローニンの小説、の主人公フランシス司祭も、結局は永遠の生命を提げて、中国伝道に行く。というのが「天国の扉」の圧巻なので、まだ読んでいない部分であるが。藤村の「夜明け前」も、昨日買ってきて読み始めた。英語版を、読むためである。そこで、久しぶりに新宿にある(住所は渋谷区)平田神社を検べた(検索したので、調べた、と書かなかった)。驚いたことに、私の知っている平田神社は、全く様変わりして、立派な建物に変わり、私の知る昔の住宅街にあるひっそりとした神社の姿は消えていた。

 藤村の研究をして、その平田神社に行ったのは。とんでもない昔、なのだという印象が、ショックだった。で、なぜそこに行ったのであるか。それは、いうまでもなく、「神道」の研究のためである。神道を少し、研究したのであるが、当時平田神社には、昨日池袋三省堂で買った「夜明け前」第1部(上)(岩波文庫、第15刷、2018年)が、売っていたので。また、そこで買おう、と思って検索したのである。しかし。

 そこは、天地ほどの変わりようであるが。しかし、日本の代表的宗教が、未だ元気であるという証を観て、キリスト教とのデリケートな宗教の問題を再考する、自分を。頼もしいとも、思ったのである。本を、読み始めて、馬篭の在の、山深い当時の中山道は、実に今も美しい紅葉で厳しい冬に備えていることで、あろうと想像しながら。小説上で、昔の旅人のようにコツコツと歩いて、いる自分らしい、観念上の擬似姿を思いながら。全て、終わってしまった人たちの、あの世の生活は、いったいどのような生活なのであるか、などと。

 考えながら、これを、書いた。

 英語版が来るのは、約一ヶ月後であるから、連絡を受けたアメリカの人たちが、ジュンク堂に送付するために、その準備に入ったであろう。と想像するのは、いかにも老人らしい暇人の楽しみ、なのであると、知るのではあるが。今は、英語版「夜明け前」が、太平洋をどう渡るかはわからないが、そんな古い本が翻訳されてともあれ。むっくりと旅にでる、時代なのである。と、知るのである。英語で、中山道を旅するなどとは、思っても観ない、ことなので興奮する、のであるが。

 我ながら、呆れる。のである。

 

|

« 永遠の生命と「夜明け前」の英語版 | トップページ | 永遠の生命と小説「夜明け前」は、語り出す »