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2018.11.05

永遠の生命の、私の高校時代の教科書、について

 

 弁証法神学の解説の前に、

 祖父ネットが洗礼を受けたきっかけとなる、「我らの信仰」の中から、35章 永遠の生命についてをご紹介したい。

 私たちが自ら知っていることは、すべてのものは死ななければならない、ということである。から始まる(翻訳されたものを私が改訳しつつ書いている)、50年前の教科書を、もう一度77歳で吟味してみると。それが、キリスト教の護教的な言辞ではない、と明確に意識しつつ、正確で真摯な真剣な、人間として当然な。営為と考えて。読んで、みたい。

 それをテーマとして、永遠の生命、を。考えてみよう。

 ブルンナーは、キリスト教の神学者であるが、彼ら一流の神学者が当時。周辺に持っていた、哲学的思想的人間史的危機的状況は、彼らを追い込んでいく。それは、神は、こんな悲惨(悲惨すぎる大戦結果)な世に、果たして存在するのだろうか、という問題であったろうと思う。特に近代で、哲学は無神論を旗印に掲げ、前進していたから、その旗の鮮明な血の赤さは、凄まじい色を発揮してキリスト教の教師らを打ったのであろう。当然のように、第二次世界大戦の悲惨は、それを証明していた。

 いや、証明してしまった。

 無神論的世界は、世界中に充満し、今更ながら言いようもなく悲しかったに違いない。で、神学者は勇気を奮って立ち上がったのであろう。それが、明治学院の教科書になったのだと思う。それを、当時の子供である、高校生の私が読んだわけだ。

 で、「私たちは永遠の生命を頭に描き出すこと、はできません。」とブルンナーは突き放す。で、ここからが、護教的であるか、一般的であるか、になる。が、もし永遠の生命が、イエスキリストに現れていなかったならば、「それについてなに一つ我々は、知ることはなったでしょう」と、文章を持っていく。

 ここが、この永遠の生命論のどんずまりである。

 これ以上は、この世に永遠の生命論を語れるものは、一切ないと思う。簡単に、「永遠の生命はある、ここにある、あるのだからある。」という、言い方は一般論であるが、説得力は、全然ない。あるから、あるというのだ、というのは、間違ってはいないであろう。なぜなら、あるからである。

 だが、しかし、それは一般論で、あり。説得力が、全然ない。イエスキリスト論も、同時にキリスト教伝統のない東洋人には説得力はない。近代哲学は特にニーチェにおいて、キリスト教の根っこを掘りおこされ、枯れてしまったように見えるキリスト教のヨーロッパ神論を。ここで、どのように復活させるかという問題が、近代のまた現代の最大の問題である。と、いうことまで、はわかる。が。さて、ここからが。困難極まりない、問題ということになる。

 近代哲学の最大問題であるが、現在の世界の緊急問題でもある。で、ブルンナーは、どうこれを実証的につなげていくのか、見ものであるが。ここに登場するのが、バルトなのである。バルトに書かれたあの難解な、あるがない、ないがある式の。論理の弁証法的展開が魅力を発揮してくる、のであるが。それは、後にしたい。

 で、ブルンナーは、子供(日本など)向けに、文化圏を異にする子供達を説得、できたのか。多分できなかった、と思う。もともと、「我らの信仰」という本は、ヨーロッパの人たちに向けて書かれたもので、各国語に翻訳されたものの、彼が書いたときの頭の中は、対象者としてヨーロッパの読者、であるにすぎない。それが、日本でも、戦前に出版されたのであるが、それは子供向きであるということではない。と、思う。その装丁は、子供の本ではないのである(現物を持っている)。

 それが、戦後のあまりにも悲惨な日本の精神界を担う若者、の私たちに向けて。語られた、としても良い価値のある教科書に、明治学院は採用したのであろう。かなりのミッションスクールで使用された、ようだ。その中に、私のような人間も出現したのである。が、非力は免れない。

 さて、この本の出版を記念して、来日したブルンナーは二度、日本に来ている。が、彼は、予言して、日本のキリスト教化は、ないと予言しているから、正鵠を射る、と思う。その中で、この出版に関わった先輩たちが皆死んでしまったので、残された私が、かろうじて、さらに書いている、のである。だが、テーマは、人類最大の問題、人間の「永遠の生命」なのである。

 できるわけもないが、がその真髄といえば、イエスキリストにすぎない話なのである。がっかりしても、仕方がないであろう。それが、今日本では、決してはやらないキリスト教である。し、ここで決して護教的教会的に書くつもりは、全くない、と言っておこう。私は、全く日本型の無教会的信者なので、それ自体は結局護教的ではあるが、教会的ではないのである。

 この護教的である、無教会的表現などは、ブルンナーやバルトが、最も嫌ったもので、教会的であるヨーロッパ神学に、徹底した無教会は、存在していない。無教会が辛うじて命脈を保てるのは、ネットのおかげに過ぎない。こと、である。つまるところ、完全な個人主義であるが、それはヨーロッパの宗教改革から生まれてくる、近代思想の中で醸成されたのである。

 デカルトは、「我思う、故に我あり」と教えてくれたのは、明治学院教育である。以下、デカルトをWikipediaで少し書いてみよう。

 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 ルネ・デカルト・René Descartes

 生誕1596331 フランス王国・アンドル=エ=ロワール県ラ・エー・死没1650211日(53歳没)

 

 17世紀の哲学・西洋哲学・学派・合理主義哲学・形而上学・数学

 

 主な概念

 方法的懐疑・実体二元論・我思う、ゆえに我あり・直交座標系(デカルト座標系)

 フランス生まれの哲学者、数学者。合理主義哲学の祖であり、近世哲学の祖として知られる。  

 

 

 筒井友美個展 「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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