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2018.12.14

永遠の生命と東京裁判の開始

 

 このタイトルを今朝書いたが、昨日すでに頭の中にはあった。

 このどちらも膨大な問題、は、両方ともこの世と、過ぎ去った歴史の問題である。それが、私の頭の中で現在形であるのは、今への影響が強烈である、ということである。永遠の生命は、極め難く。東京裁判は人類史の中で、人間が行なっていきた裁判の(有史以来)、最大の裁判である。からであるが、どちらも現在形であるというのは、間違いなく本当であろう。

 頭の中に、あの音楽が聞こえる。タンタララ、たらたらラン。いうまでもなく、これではわからないが、私にははっきりと聞こえる。タンタララ、たらたら、らん。マーチであるが、有名な向田邦子作、渡る世間は鬼ばかり、の主題歌、である。タンタララ、たらたら、らん。テレビで、再放送があって、久しぶりに向田邦子氏を観ることになった。戦争と世間の民間版である。

 父に愛人がいて、子供までいる、という設定で、渋い東大出の俳優が演じるが、あらかたすでに皆年をとったばかりではない。死んだ人も多くいて、実際に見かけた俳優さんもいる。見ていて、嫌になるのは、その内容が厳しいからである。つまり、救いのない袋小路。を書いて世間をあっと言わせた向田は、実践女子大学を卒業すると、ある出版社に入社する。

 その出版社、もともと編み物などを書く出版社であるが、食えない戦後ではそんなことは、言っていられない。戦争中の体験談を募集して載せ、などをやっている。若い向田はもちろん世間の騒動は熟知しているが、若い血は、黙っていない。映画評論なども行なったのではないか。ともあれ、東京裁判は始まっていた。

 アジアにおける日本罪責論は、世間に蔓延し、勝って勝つまで我慢の人生観は吹っ飛んで、零戦のように一切空中に霧散して、しまった。中、向田の清秀な青春の全ては、それに捧げていたのである。なんだ、と言っても食わねばならない。ここから、向田の人生が始まる。自らも愛人ともなる壮絶人生には、何か当時の凄惨な自己放棄の匂いがする。が、フランスのサルトルなども、不条理を語って世界的な哲人となったので、皆哲学せざるを、得なかったのではないか。

 向田のドラマも、所詮行き場のない人間社会をさばいた物語となっている。

 東京裁判。は始まったばかり、インド人のパール判事は、さすがインドの人、アジアに対し基本的に同情的である。その東京裁判批判文章は、ずんずんと私を引き込む。当分は、この祖父ネット。永遠の生命を奥に鎮座させながら、東京裁判を書くことになるだろう。これが、私の「帰る場所」であり、戦後の我々の青春は、ここから始まっている。

 タンタララ、たらたら、らん。今朝は、寒い。

 

 筒井友美個展 「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc


 

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