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2018.12.02

永遠の生命と小説「夜明け前」から脱却したいのであるが

 

 新潮日本文学アルバム(新潮社、2007年刊行、12刷)という持っている本で、島崎藤村を読んでいると。

 彼が、他界したのは71歳であることがわかる。

 私が生まれる、少し前であるが、要するに戦中である。場所は、大磯で。病名は脳溢血。今の私が、なんと77歳であるから、どうもおかしな感覚である。明治学院で学んでいる時の藤村、といえば雲の上の人で。えらいとんでもない人、であったものが。なんと、今では年下の非凡な人であるのは。あらかた、藤村的人生の辛苦を多少は自分も経験し理解できるからであろう。

 藤村の性生活においても、社会生活(文壇)にしても、外国旅行にしても。マーそうであろう、と思えるばかりか。幕末史にしてもなんとか、色々知ってしまったので。当時の、日本人の生活実態には興味があっても(現代とあまりにも違いすぎるが)理解できないことではない。ばかりか、いくばくかの想像力で、理解できる、そっちの方に一層興味がわく。

 そういう意味で言えば、年齢とは恐ろしいもので。

 特に、彼が、社会的に秀でた文豪であることは、問題ではない。ただし、先見的な経験の凄さ、には、頭が下がる。 

 だが、自分の、終わりに近ずいた人生からいえば。やはり永遠の生命の方に、より興味がでる。ばかりか、キリスト教でいう神の存在とか、宇宙の目的とか、という方が。人間の時代の変遷よりも、今では深い興味を与えてくれる。

 つまるところ、明治学院はいつも、ヨーロッパ神学に戻るのであり。何も、明治時代の文豪輩出学校ばかりでなく、キリスト教の純粋な宣教学校として、今までもこれからもずうっと。存在することこそ、重要である、ということの方に興味がある。

 つまり、どこまでも高く、人生問題をキリスト教の神、にまで持ち込む学校なのである。明治の藤村が、キリスト教を、苦しんだことは当然である。が、その苦しみは、キリスト教の永遠の生命からすれば、前回に書いた、単なる民族的特殊性に過ぎない。とまで、言えるようになった老人の、自分を見出している、のであるが。

 最終的に、明治学院は。私の人生の、永遠の生命の拠り所として、今も深く感謝している学校である、と言いながら。ここの書きでも、島崎藤村は、ぼちぼち卒業したい、と思い始めた。やはり、ブルンナーの「我らの信仰」に書かれた永遠の生命に勝るものは、ないのである。

 それが、私にとって永遠の生命への、得難い入り口である。と、思える師走、となった。と、思う。

 

 

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