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2018.12.25

永遠の生命を書きながら、夜の池袋

 

 年末の池袋イブは、疲れていた。

 夜、池袋に出歩くことはほとんどない。

 それが、行く機会があって。久しぶり、本当に10年ぶりぐらい。で、夜の池袋に行った。現役の頃は、池袋が職場だったから、いうまでもなく夜の池袋は、当然の生活だった。今中国人街である、とまで言われる西口が職場であった時期もあり、いろいろと経験は豊富であるが。まだ、中途半端な、中国人街であった時代だ。

 それが今は、本格的な場所になったと、TV二ユースで知った。

 そう思ってみている。と、東武デパートの地下で、イブのコーヒーを飲みながら。少しは、クリスマスらしい雰囲気を感じたいと思ったのであるが、それは皆無に近く。地上では多分、立教大学のキャンドルサービスも、あるはずだからと思いつつ、そんな雰囲気は微塵もない、デパ地下食品売り場だった。のは、まさに、あれは中国人であるという、人ばかりが目についた、がもちろん正確にはわからない。私は中国人であるとは、名札をつけているわけではないのは、当然であるが。歩き方、マナー、目つき、服装で、そう想像していた。要するに、概して貧しい人々である。

 日本に来て、何か一旗あげたいという人々であろう。が、現実にはそうもいかない、はずだ。生活困難と不満が充満している顔を、明らかにして。これで「日本の中国問題」は、交流によって一段と困難になる、と思うのは、私ばかりではないはずである。私は、1970年代、自分も30代の時、中国を訪問した。その時、偶然とはいえ毛沢東が死に、結局その旅は葬式旅行となった。のであるが、すごい経験をしたものだと、今更ながら旧懐を新たにしていた。

 あの時、日本はともかく小さな経済大国で、中国は低く凄まじい経済小国であったが、今や。

 いうまでもなく、中国は大国となっている。ただ、その実態は、おそらく貧富の格差の、あまりにも強大な現実を抱え(非共産主義的)、その底辺は呻吟している。と、読んで間違いがない。だいたい、共産主義は経済平等を目標とするが、それが。ある時、黒い猫も白い猫も、鼠を取る猫は素晴らしい猫である(正確ではないかもしれない)、というスローガンを掲げ。

 一気に競争原理社会に傾斜していった。それは、ITによって、見事に実現したのであるが、実態はそんな甘いものではなかった、と予想している。

 しかし、もはや引き返せない歴史の現実であるが、あの時私は。一冊の実態レポートを書いた。その本が一冊だけ残り、それをキンコーズでコピーして製本待ちをしているという意識が、頭の中にあって。妻と美味しいケーキ食べながら、デパ地下の人々を眺めていたのである。その現実は、超貧困の、当時の中国人とさほど変わらない、あの激しく動揺する大国の人々の、眼差しと。本当にさほど変わるものではないと、思いつつ。この問題はきっと、一層の困難を日本に呼び寄せているのではないか。などと、心配している老人と、もはやなってしまった自分は。

 永遠の生命などを書いて、救いを神に求める、非現実的な現実主義者になっている、と。

 思ったのである。

 筒井友美個展 「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 

 

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