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2018.12.12

永遠の生命と賀川豊彦、武藤富男、島崎藤村、について

 

 師走の超多忙期に、祖父ネットを読む、などと言う人は

 よほどの人であろう。書く方は、いたって経済に超越的な老人であって、ママよ、とばかり書くのである。

 どうしてこうなったのかは、年金とパソコン技術に過ぎないが。自分も稼いでいる時の、ともかく忙しかった自分などはとっくの昔に忘却していることである。それで書くのは、昨日、「パール判決書(英文)」と「その全訳」の2冊を買って、こういった書き出しになった。ともあれ、ここことは、ここに至ったのである。1941年11月に生まれ、今はブロガーである自分を、外観として眺めると。よくも、おかしなことになったものである、思う。のは、おかしいからである。

 第二次世界大戦をくくると、あの戦争の膨大な人間悪業を、今更ながら考えても。と思うものの、それにこだわった一生となった。で、パールさんを、この膨大な原文英語と、その膨大を訳した訳者の都築陽太郎氏の偉業を、思うと。感謝以外にない。英語は難なく読めるが、訳となるとまともな訳はできないから、しっかり自分でも信用できる訳をサイドに置いて、しっかりと(この阿部語は好きではないが、この際)英文を理解すると言う、愉楽は何より老人の楽しみというほかはない。

 棚から、「評伝賀川豊彦」(武藤富男著、キリスト新聞社・1981年昭和56年)を読みかじるのも、それが、戦争とつながって考えられるからである。武藤は、満州国であの戦争と深くつながったキリスト教徒、であり一高、帝大と進んだ戦中の高級官僚なのである。最後の退官の肩書きは、大日本帝国政府情報部第一部長で、終戦の直前である。その武藤が、私の明治学院大学時代の、院長であるから、「パール判決」は、特別の意味を持たねば、ならない。その評伝に、先輩文豪島崎藤村に、自分の小説原稿を持ち込んで酷評されて怒る、ハタチの賀川豊彦が書かれ、その面白さを、また武藤流の面白さで書く、評伝は。なんとも「痺れる」のである。

 が、第二次世界大戦の停戦は、武藤もよく知る東條英機のハンギングで終結するなかで、武藤は、刑死寸前の東條英機を見舞うという、図式は。キリスト教の、神の、なんとも言えない、深い因縁か指示、をさえ語ると言わねばならない。ただしかし、この話は、すでに80年(100年に至る)も経過した、古い話であるとしても、私にとっては、今の話なのである。

 で、祖父ネットの読者に、少しは昔の日本の姿に、興味を持ってくれる人もいて、せっせと書く冬の朝、かな、なのである。で、原点としての人間悪業論を、絵画という芸術で、一発一気に美しく仕上げて見せた(下の動画に記録された)、画家筒井友美の作品を毎度ご紹介するのである。賀川も、徹底的に科学的な進化論を追求しながら、やはり美は最後の拠り所としていた人で。天才的頭脳も、至るところ芸術には、かなわない、ということを証明している。のが。賀川の「宇宙の目的」という、最後の恐るべき書き物に、付けられたタイトルの本なのである、と言っておきたい。

 朝と、なった。

 筒井友美個展 「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

で、ここまでくると、いよいよ。「ヨーロッパ文化と日本文化(ルイスフロイス著、1585年、天正13年、岩波文庫)を読むことになる。当然書くことになるので、お楽しみに。

 

 

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