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2018.12.30

永遠の生命を書きながら、創世記から関根正雄へ、そして祖父ネットへ

 

 そして次世代へ。と、流れていくキリスト教的人間救済論は、尊いと思う。

 と、書いたのは。つくずく「老」を経験しているからである。

 生物の老ほど、平等なものはない。万物の至るところ、すなはち知的人類の全ての人間の運命なのである。なぜなら、「老」はブログなどの媒体によって、このように記録され始めたからである。

 特に、ろうの「心理的生理的」現実が、認知症的にも表現される医学、の面ばかりではなく文学にも現れる時代が来た、ということである。下手をすると、ツィターなどに投稿され日も近いと思う、のであるが。しかし、老が凶であるということから、免れない以上。それは、ことに若さなどを強調する平凡な美辞麗句の情報よりも、かなり深刻であろう。むしろ、殺人事件の現場をカットするのと、さして変わるものではない。のではないか。

 それも、単純な文学的色気話ではない。哲学的問題として、また信仰的な問題として、それは重大であると祖父ネットは思うわけである。若い時、老の問題は谷崎潤一郎(瘋癲老人日記)で、読んだ。さっぱりわからなくて、途中で嫌になったのであるが。それを、今更ながら読むつもりはない。自分が、老の年齢に達し、色気に興味を失ってしまい、川端康成の自殺も理解できないではないが、人間の色情を軸にして考えるつもりなど、毛頭ない、ことになった。

 これは、長年のクリスチャン人生の弊害であろう。神を奉ずるものが、今更ながら色気などないのが、正常な信仰的態度であろう。若い時は、あれほどあってイケメン好みの女性を魅了したものが、もはや異性に対して人間としての興味はあるものの、生殖に伴う色情の問題や、恋愛哲学などには全く興味がない。

 それは、研ぎ澄まされた名刀の鋭さが、失われたからではない。むしろ、精神の名刀はますます冴えて、永遠の生命に向かって、研ぎ澄まされたり、と表現しておこう。だがしかし、この問題は簡単ではない。言うまでもないが、創世記に記録されたアダムとエバの生殖の覚醒は、人類に深刻な問題を生み出した記録のようである。自然的な生殖とは、動物世界の弱肉強食と、仲間集団の維持に過ぎないが。人間のそれは、妙な形を取り始める、と創世記には記録されたようだ。

 創造した神は反省し、人間を滅ぼす、とたちまち決心。それが、ノアの方舟物語である。ただ、ノアとその周辺が救われるのであるが、それはノアの神への信仰が、あった(信仰の発祥)からだと説明されている。読めばわかることであるがアダムとエバの息子は、人類始めの殺人を行う。それは、人類の叡智が極端に相手の食物を奪う、始めの物語であり。人間の高い知恵は結局、競争相手を絶滅させるだけの高さが、ある、という現実が書かれている。

 現代に至り、それは核兵器で一層証明されたわけであるが、神はそこに、信仰という言わば宝物を準備している。それが、聖書の創世記の回答である。全ての人間は老人になるが、厳然とある死の問題は、深い永遠の生命の問題を提起する素晴らしい物語と、なって書かれている。

 その解説をする、岩波文庫の内村鑑三の弟子関根正雄さんの学問は、実に高いと言えるだろう。内村の伝記は、清水書院センチュリーブックスにあるが。それは今も改訂されて、ジュンク堂に売っている。それを、電話で申し込んだので。あと二日しかない今年の池袋に出て、買い、ながら暮れの巷をさまよいながら。今年最後のコーヒーを飲むのも、老人の楽しみであると、思うのであるが。

 

 筒井友美個展 「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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