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2018.12.03

永遠の生命と英語

 

  蔵書の中に「島崎藤村と英語」と言う本がある。

 2003年に出版されたもので、平成15年であるから、古いのか新しいのか、わからないが。私にとっては、新しいと思える本である。八木功さんと言うかたが出した本で、出版社の双文社出版は、知らない。から、多分自費出版に近いか、要は教科書なのかもしれない。

 内容は、まさにそれで。1929年(昭和4年)の生まれの方であるから、多分もう、この世にいないのではないか。同志社大学文学部英文学科を卒業なさった方で、いかにも同大学の空気のようなものを、感じる方である。読む私は、英語嫌いの非アカデミックな、とても高校の教師などできる能力のない明治学院大学の出身で、やはり文学部とはいえ社会学科で、何の役にも立たないもの、なのであるが。

 どうも読んでいて、わからないことがいっぱい書いてある。

 第一に明治学院を卒業している、島崎藤村の英語の能力が、当時の英語教育を通して、これほど高いものであったとは、まるで認識がなかったので、あるが。本は、藤村の高い英語力が、理解できることになる本なのである。

 あの頃の明治学院は、すべて英語で教育がなされたらしい。内村鑑三が学んだ札幌農学校(現、北海道大学)も、当初からすべて英語漬けであるようだ。で、内村の英語力は、抜群であると評価されている。

 ただ、藤村の英語力は、当人が途中で第一高等学校を受験したが落ちたような英語力で、いわば一高の教師をした内村とは、比べられない。が、藤村の実務的な英語力は、相当なものだと、思われる。明治学院は、要するに宣教学校であり、今でも基本は変わっていないので、必ずしも英語力が必要であると言うより、牧師になるために関連の外国語に、やや馴染む程度の実務的外国語力で十分だと、教育上思っている伝統の上にある。と、思う。

 いわば学問的と言うより、実務的神学的である傾向が非常に強い、のではないか。

 私も、受けたものとしての経験から言っていることで。この実務的経験が、藤村文学を生んだのであろう、とも思われるところまで、私もきたのであると、思えるようになった。つまり文学は学とは言っているが、その実、実務であって、人間実態を文学的に表現するための言語、として文学部は設置されたのは、いかにも戦後の宣教的目的があったからのような気がする。

 そう言った、内容の島崎藤村を。かなり高い英語学的立場で「藤村と英語」と言う、いささか難解な問題に挑戦したのが、作者の八木功さん、なのであろう。ともかく、わかりにくいもので、それこそ英語力がないと、理解不可能なのであるが。最近は、私もヘボン式に代表されるローマ字日記を10年以上もつけているので、英語読解力がつき。英語読みがなんでもなくなったので、少しは英語的本が理解できるようになった。ので、読んでみると、驚くべきことに、一、藤村の文学は英語の影響を受けていること。二、夜明け前などの英語にも、それは実際に見られること。

 などと言っても、夜明け前を英語に翻訳したのは、米国人であるから。その英語訳が、決定的ではないにも関わらず。藤村の文学は英語の影響がある、と言うこじつけを、よく書いたものであると、ほとほと感心して少し調べてみたのである。

 ともあれ、こんなことを書いていると、ますます肝心な、キリスト教的永遠の生命論から離れるかが、ともあれ、そこに至るのは、言うまでもなく容易ではない。な。と、わかることである。なぜなら、冷めた目で言えば、日本にはその「永遠の生命」論は、全然ないからである。のに、キリスト教には呆れることに、2000年の前から、「ある」から、キリスト教は世界宗教として優れていると、思わざるを得ない事態になってきた祖父ネットである、と書いて今日は終わりたい。

 そこに、西洋美術の優秀性も、当然存在するのである、と思うと。なんとなく、日本人が情けないような気もするのである。が、しかし東洋精神の精華たる日本精神の在りようを、どうも深く検討する必要、がある、と深く感じるが。

 すでに私には、時間が、ない。と思う。文字通り残念に、思える朝となった。誰か引き継いで、いただけないか、と思いつつ、ある人に期待しているのであるが。いかがか。な。

 

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