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2019.01.04

永遠の生命を書きながら、新年を迎えた、と書いて平田神社へ初詣

 

 と、なった。それが、なんと、異界との出会いになった。

 平田神社の参詣人は、私たち夫婦二人と、若者が一人。いたってひと気のない神社だった。ともあれ、そこから近くの新宿に歩いて出、高島屋7階のパパスという喫茶店で食事をした。

 平田神社は閑静で、いうまでもなくパパスはご盛況である。手に一冊の本をもっていたが、それは平田神社で買ったもの。岩波文庫であるが、「仙境異聞勝五郎再生記聞」(2018年第10刷)である。家から平田神社に行くときにもっていたのは、「創世記」(関根正雄訳、岩波文庫、2017年90刷)である。

 仙境異聞は、平田神社で売っていたのである。

 私はてっきり過去の経験から、島崎藤村の「夜明け前」(岩波文庫)を売っていると思っていた。社務所で探したが、それは売っていない。で、平田篤胤著のすでに昔読んだ本「霊の真柱」(岩波文庫)と、仙境異聞とを売っていた。ので、その一冊を買ってパパスで少し読んだ、というわけである。この話は、書物としてかなり複雑にならざるを得ない。夜明け前を売っていたら、すでにもってはいるが、記念に一冊買いたいと思いながら行ったのである。が、このような仕儀にあいなった。

 で、ここ「仙境異聞勝五郎再生記聞」を盛んに読むことになった。のは、この本、実は、江戸記の実話インタビユーであるからである。話の内容は、怪気物語実話として、の物語なのだ。驚いたことに、岩波文庫の2018年再刊は10刷なので、かなり確実に出版されている。その珍しさも手伝って、パパスコーヒーで、少し読んでみたのである。それに、引きずられ家でも盛んに読んで、解説をするものだから妻が迷惑している。

 実におもしろい。少年と占い師がツボに入って、空を飛ぶ話をするのは、ほぼ十三歳の少年、その占い師の名前が、杉山で、私と同じ名前である。その話を直接聞いて本にしたのが、平田篤胤、であるから、全くの意外なのである。ありえない。あの平田が。藤村の父の小説の主人公(夜明け前の)が影響された、平田派の創始者平田篤胤の印象は、私の中でガラリと変わり。実に、リアルな人物と、変化した。

 時に、こちらはキリスト教的永遠の生命論を探求しつつある、とき。日本の伝統社会の中に、忽然と現れた「異界」実験談は、ただならない。こんな、本が、あるのである、とは正月から、縁起がいいのやら、悪いのやら。

 妻が引いた御神籤は、大吉であると嬉しそうに話してくれた時。これは、すべて本物になるな、と思った、のである。

 

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