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2019.01.02

永遠の生命を書きながら、新年を迎えた

 

 永遠の生命を希望として、新年を迎えながら、

 その、果てしない希望が果たして正しいのか、正しくないのか。に、悩んでいると、老人の新年は、さして楽しいものではない。旧約聖書の創世記を読んでいると、18章あたりに「ヤハウェイに不可能なことがあるだろうか」という言葉が出る。文字通りであるが、ヤハウェイとは神のことである。この一神教に至るプロセスは絶妙で、興味が尽きないのであるが、ともあれ。

 この言葉はクリスチャンには通じるのである。が、新年で、永遠を考えるのも、もちろん日本人の信仰観から言っても不思議ではない。いやはての一族郎党の幸せを願い、おみくじを引くのも今年の神の言葉を、得たいからであろう。大吉小吉中吉、凶など。巡り巡る人生のありようを正月に、神に聞くのは、いかにも日本の良き習慣である。

 偶然とはいえ、偶然はいかにも神的で日本人の宗教心を慰める。長い米作経済が人々を支えているということは、日本史の真髄で、それ以外ではない。米は命なのであるから、豊作の願いは、自己の子孫の繁栄であり、自己の反映であると、素直に従うのは決しておかしなことではない。ところが、西洋は単純な単作地帯ではない。第一に、ユーラシア大陸の主な舞台で、その舞台がまずもって、でかいことが原因である。

 人類は、流浪しながら、創世記に、基本的には食料の確保に狂奔する。その仕組みが豊かであれば、まず安心であると、思ったのはその集団の長であろう。何をもって、安心とするかは歴史が決定している、のであろう。多様な文物の産出や、多様な季節の恵みも多様であるが、一定地域に定住すれば、それはそこの安定が人の心の、すなはち生活の関心として、「ひとまず」ホッと、そこで生活ができたのであろう。それが、創世記に、よく表現されている。

 

 ところが、もちろんその安定は不安定であるという、現実からは逃れることができない。のが、人間の生活であろう。自然災害も含め、厳しい争いや戦いが、待っているのが、ユーラシア大陸の現実であろう。安定は、常に脅かされている。それが、ロシアであり、フランスであり、イスラエルであり、ドイツであり、中国であり、韓国であり、で。その膨大な範囲の思想や歴史は、全く変転極まりのないこととなるのは、誠に宜なるかな、と思う第一日目となった。

 今日は初詣をする。行く場所は代々木の近く、平田神社。島崎藤村の父が尊奉した、平田篤胤を祀った神社である。「夜明け前」の西洋思想とぶつかった激動期の思想は、そこに私小説として詳しく書かれている。で、Wikipediaを下記にコピーしておく。

 平田 篤胤(ひらた あつたね、安永5824日(1776106日) - 天保14年閏911日(1843112日))は、江戸時代後期の国学者・神道家・思想家・医者。出羽国久保田藩(現在の秋田県秋田市)出身。成人後、備中松山藩士の兵学者平田篤穏の養子となる。幼名を正吉、通称を半兵衛。元服してからは胤行、享和年間以降は篤胤と称した。号は気吹舎(いぶきのや)、家號を真菅乃屋(ますげのや)。大角(だいかく)または大壑(だいがく)とも号した。医者としては玄琢(のちに玄瑞)を使う。死後、神霊能真柱大人(かむたまのみはしらのうし)の名を白川家より贈られている。復古神道(古道学)の大成者であり、大国隆正によって荷田春満、賀茂真淵、本居宣長とともに国学四大人(うし)の中の一人として位置付けられている。

 筒井友美個展 「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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