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2019.01.05

永遠の生命を書きながら、平田篤胤と小説「夜明け前」

 

 新潮社日本文学アルバム「島崎藤村」の、

 初めで。

 書き出しは、「木曽谷の旧家の血」から始まる。父正樹の絶筆(観斎は号)。として大きく漢文が掲げられている。が、うまく読めない。続けて、「夜明け前」の主人公青山半蔵のモデル。木曽谷で最も古い名家の一つであった島崎家17代当主。正樹は明治維新に祭政一致の王政復古を信じたが、文明開化の近代は、ことごとく正樹の期待を裏切る。明治19年11月29日、自宅の座敷牢で狂死。

 と、書いたそこから、この本は始まっている。

 平田神社は過去に二度、見学していた。だから、そこに小説「夜明け前」が売っていたことは、知っていたのである。都庁のすぐそばで、なかなか歴史の深いところである。当時は、二度とも小さな小社(おやしろ)しかなく、オヤシロの両側は深い緑に囲まれていた。が、今年の参拝では、そこが立派な建物に変わっている、ということはネットの写真でわかっていた。ともあれ、そこで、平田篤胤の仙境異聞勝五郎再生記聞(岩波文庫)を、買ったのである。ついでに書くと、夜明け前は置いてなかった。

 いろいろ勉強になったのであるが、天狗が、杉山山人という名前であって、その天狗たちは、大方仏僧の成れの果てで、いわば魔界の使者のようであり、と説明したのは。その本で、解説を書いた子安宣邦氏である。誠に、名解説、ほとほと感心してしまった。で、Wikipediaで氏を調べた。下がそれである。

 東京大学文学部倫理学科卒業。丸山真男の弟子。同大学院人文科学研究科博士課程満期退学。横浜国立大学教育学部助教授(哲学・倫理学教室)、大阪大学文学部教授、87年「伊藤仁斎研究」で大阪大学文学博士。1996年定年退官、名誉教授、東京家政学院筑波女子大学国際学部教授。日本思想史学会の会長も務めた。

 なるほど、と思った。子安氏の解説無くして、平田篤胤の仙境異聞勝五郎再生記聞(岩波文庫)は、理解できない。と、思った。ここからが、本当の島崎藤村研究である、と思える。明治学院の卒業生として、長い間、苦しんだのは、これがわからなかったからである。と、知った。

 これ以上は、今日は書けない。

 

 

 

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