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2019.04.08

永遠の生命と僕の宝物の絵画

 

 昨日は、おふたりのお客様が我が家に見えた。

 ちょうど桜も満開で。居間から、今は盛りと咲き誇ってよく見える。桜の花をよそに、どうも僕の悪い癖が始まって、色々と喋ってしまった。きっと、お聞き苦しいことであったろう。お一人は、人生の偉大なベテラン、もう少しで九十歳。もうおひと方は、妙齢のご夫人で画家だ。

 その画家は、一枚の絵を私にお貸しくださった。30センチ四方の、正方形の透明なアクリルに額装されたもので。有名な画材店文房堂で作ったものである。僕は昔から、その画家の絵が欲しくてお願いしていたのだが、なかなか実現しなかった。

 

 僕は、さっそっく壁にかけた。なんとも、嬉しい。

 

 で、昨日の話に、僕のイエス論が出た。ベテランの方の質問だ。イエスの誕生の経緯は信じられない、というごもっともなご質問である。妙齢なご婦人の方は、神妙に聞いていた。つまり、イエスの処女生誕が、信じられない、という問いである。ごもっとも。

 で、僕は。かねてから僕もそれを調べていたので、大して役にも立たないが、申し上げることにした。いたって常識的な、人文的に無理のない解釈を紹介した。

 

 イエスの、処女生誕の人文的説明はいたって簡単である。

 

 つまり神殿の巫女であったイエスの母マリヤは、なぜか妊娠する。もちろん、このスキャンダルは、ユダヤ教の神殿では長い歴史の中で、多分度々起こっていたことであろう。それを、いつものように、神官の上層部は慣れていて。マリヤを密かに、そこから去らせる算段をする。それは。ユダヤ教保守派にとっては、歴史的に慣れていて特に騒ぐことではない。

 が、今度ばかりはそうはいかなかった。というのは、結果的に、キリスト教という新興宗教が、世界歴史に出現するきっかけになるからである。

 高位の神官はいつものことで、習慣に従い。部下に、いつものようによきように処置せよと命じる。ことは、一種の慣習法である。部下は心得ていて、大工のヨセフを選ぶ。ヨセフの評判は抜群で、真面目な大工のヨセフは。神官の言葉に従ってマリヤと結婚することを容認する。もちろん、適度な養育費も準備されている。

 

 これは、常識的近代的な、実証的歴史主義の推定解釈である、が。概ね間違ってはいないと思う。また、これ以外にはない。

 

 あとは、聖書にある通りであるが、それから約三十年が過ぎる。高位の高官も、それを担当した神官も神殿を去り、すでに故人である(推定)。が、いつもと違うことが起こってしまう。成長したイエスの働きは、尋常の域を超えて天才的である。とても常人の及ぶところではない。それは保守派にとって、黙視できない革命的なこととなっていく。それも聖書にある。

 壮年のイエスの働き、青年また少年のそれは、常識の人ではない高い才能を発揮する。

 

 「あいつはヨセフの子、大工の息子ではないか」

 「それなのに、なんだれは、あの言葉には力がある」などと、噂が広まっていく。

 あとは、聖書にある通り。

 

 これ以上は書く必要はないと思う。

 

 こんなに精細に、話した訳ではない。が、これが現代人の僕の、人文的な常識を総動員して語れる話だ。妙齢の画家は、黙って聞いていがその心中は測りがたい。僕は、今朝、画家の絵を壁にかけて鑑賞しながら、その美しい絵画の真髄が何であるかを言葉で言い表せない。結局、神の子イエスと同じ、聖書の内容は説明しがたい事柄に彩られている、のはいうまでもない。その膨大な事実の集積、なのである。

 結局、やはり、言い表せないので。それは、壮大な奇跡の物語なのだ。いくら、人文的な常識を総動員しても、神の人類救済を表現する、という世界最大の宗教行為は、説明できない。

 

 絵画も同じだ。僕の部屋に、それは飾られた、という事実だけが真実なのである。

 

 

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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