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2019.04.09

永遠の生命と黒い福音と筒井の抽象画

 

 今朝の毎日新聞朝刊。

 クリスチャンにとって不愉快なことが載った。「聖職者性虐待・日本も調査」である。

 

 この問題は、ほとんど僕のようにキリスト教をよく知るものには、中世の宗教改革のキリスト教を思い出させる。し、ネットができて、その手の画像には事欠かないことは、よく知っている。で、人ごとではないが、信仰者にとっては辛い話である。そんな時の性虐待であるが、黒い福音はもっと残酷である。事件の起きた時の社会の反応は凄まじいもので、小説家松本清張がそれを。「黒い福音」として小説にした。

 当時は、僕も読んでいるが、ほとほと辛い事件だ。

 

 性に対する、宗教家の対応ほど悲惨なものはない。僕も若い時は、熱心に教会に行っていたから、キリスト教的な性に対する二重性格を身につけたと、すでに書いた。

 そこからの脱却は、大変である。どう大変かは、やっていただかないと、わからない話で。だから、それには小説表現が一番適している。虚実取り混ぜて、性が人間性に対し、どのような発動と影響を与えるか。小説なら、多少は追求できるかもしれない。僕も明治学院高校の時に、小説を書いたから、この辺りを書いていたら、今頃左うちわの小説家として、通っていたかもしれない。が。

 だが前に書いた「島田清次郎」などから見れば、月とスッポンで、話にならない。しかし、テーマを丁寧に書いていけば、僕程度でも、性の問題は意外に書けるものではないか。今更、この歳で、性でもないが興味ある問題である。にしても、相変わらずの人間問題として、性を割り切ってしまえる歳も歳であるから、所詮内容として物足りないのではないか。要するに、平凡なことで。とてもとても、今の体力の及ばないことなのである。

 

 で今は、「永遠の生命」「天国」などに興味があるので、性は影が薄い。のは、自分の性が、まさにそれが薄いからである。

 で、どうせ明治学院なら。古い古い明治学院を書いて、そこから新生命を引き出したほうが有益であろう、と思う。ので。中嶋久万吉著「政界財界五十年」(昭和二十六年・大日本雄弁会講談社刊行)から、明治学院の部分を引き出して。現代文でご紹介した方が、自分も面白いし。多少は、世の中のためになるのではなかと、考えた。中嶋久万吉はWikipediaに立派にあるはずだから、今更書くこともない。

 ただ、多分予想するにあまり多彩な人生なので、Wikipediaでは、この明治学院時代までは紹介していないと思う。そこが、私のねらいで。ブログを、面白くしたいと思っている。が、一晩明けて、やめることにした。古書で、その本をもう一冊買って、昨日前払いの料金を振り込んできたのは。以前今持っている、その本は偶然に入手したもので。夢中で、研究してみた時期。もちろん大きな成果があって、満足しているが、今度は意識的にその本を買って見ることにした。

 ともかく、明治学院史は、単なる学校史ばかりではなく、日本の近代と深く絡んでいる。だから書きたいのであるが、それよりやはり明治学院高校の時の教科書であるブルンナーで「我らの信仰」を追求したい。と、思い、ブルンナーを棚から引っ張り出し、その「永遠・ETARNAL HOPE」を、研究し書くつもりだ。

 

 と、思う朝である。僕の部屋の壁に。画家筒井友美の描いた、「永遠」と題してもおかしくない抽象絵画がかけられたので。僕は若い筒井の生命力に依存しながら、人間生命の永遠問題に挑戦したいと思った。のである。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

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