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2019.04.03

永遠の生命と人間救済

 

 人というものは、これだけの高い知識を持つ以上、

 死というものを考え、それを克服する永遠の生命を考えない、というわけにはいかない。

 

 このジャンルは当然、宗教か哲学、という高い手段を用いなければ、考えることはできない。のも、言うまでもない。僕は、明治学院の十年間で、この問題と取り組んでみたのは、明治学院がその時「理想教育」というものに特化している時代だったからであろう。ので、学生の僕は、こんな七十七歳の私になっていしまったのである。もちろん社会では、学者でもない人がこんなことばかり考えては、飯が食えないが、明治学院とは、もともと「メシがクエン・メシがクエン大学」という隠語を持った学校である。と、僕に教えたのは、その時の教授工藤英一先生、である。

 

 先生は、いわゆる慶應大学の出身の人で、学生時代まだ予科にいた。

 その頃、青春の血を沸かせながら神田の古本街を逍遥していた。彼の家は当時、いまは板橋区の。蓮根の公営アパートで母と暮らしていた。札幌から出てきて、慶應大学に合格し、やれやれという時に。父が郷里の札幌で死に、事業を手広くやっていた関係で母のところに遺産が入り。当時の、K教授の生活は、地味にさえ暮らせばそれはそれで暮らせない、慶応大学にでも通えないということではなかった。それで、母も上京したのである。

 

 と、書いたのは、小説的デタラメである。実は、この文章は、小説と僕のテキストとが混在する書き方で。私である僕が、最近はまっている手法なのである。というのは、K教授というのは実在の人物で、僕の明治学院中学の時の家庭教師であるし。僕は、その時の先生から(まだ講師時代か)英語で、アメリカ史を習っていた。母が、いそいそとお茶の準備してくれて、僕の勉強がうまくいくように考えてくれていた。

 が、僕は、そんな素敵な人に教えてもらっている、という意識は全くなく。赤坂小学校から、何の説明もなく。いきなり駒込小学校に転校したばかりで、その後、明治学院中学校に入るのですよ、というから、入ったばかりで。よく事情など、わからなかったが、そうなのである。そこで、僕は、どうも成績が不良で、入学の時に何かと世話をした僕を、F教授が、止むを得ず少し補強しなければ、ならない。といった、ような事情だったように記憶している。

 で、実際、工藤先生の葬式にも行き、墓参りにも家族の方に連れて行ってもらったから、ということは、すでに書いたような気がする。

 と、ここまでこだわったのは、実は昨日。ある本のコピーを取るために、国会図書館に行ったからである。その本は、明治三十二年に発行されたもので、ともかく古いのであるが。その本が、国会図書館にあると知った時の驚きは、尋常ではなかった。

 すぐ、その日のうちに行ったのである。

 

 すでにデジタル化されているから、僕のパソコンで見ることはできるのであるが、それでも紙にしたほうが、読みやすいし。それをキンコウズで製本して持っていたいのである。ので、寒い中を出かけ、いま手元にある。

 実はこの本こそ。若い工藤先生が、慶応大学の時に神田で見つけた、という本で。これが先生の一生の研究のテーマになった種本、だったのである。この種本を手に入れてすぐ、彼は兵隊に取られる。いわゆる学徒出陣に引っかかり、慶應大学文科にいた彼も、いわばひっぱられたのである。正確にいうと、在学徴収延期臨時特令が公布され、文科系の大学生に対する徴兵延期が停止された、というこことである。その結果、僕は(工藤先生は)学業半ばで、軍隊に入らねばならなくなった。これが学徒出陣。と、先生がなくなって十年後に出版された先生の本に、書かれていることをややこしく転載してみた、のである。

 つまり、実に不可解なことが多い人生であったので、僕を含む戦後直後の多くの日本人生活者は、何かと複雑な生き方をしていた。だから、こういう書き方しか、できない。仮想の文学と実話とをないまぜにして書かないと、はっきりしたことが実際、わからないのである。が、その時の本が、先生が神田で出会った本で「単純経済学」で。僕が昨日。国会図書館でコピーをとってきたデジタル閲覧可能な、本なのである。書いた人は、ガルストという人だ。

 先生は、それに、明治期社会運動の先駆者、という意識を持っていた。が、本のタイトルをつけたのは、別の人である。本は、未稿集を、他界してから概ね十年後に出版をした本で。僕は、当時読んでいてもわからず、この頃少し工藤先生の本が、わかりかけてきて、ガルストさえも少し、理解し始めたばかりなのである。が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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