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2019.05.15

永遠の生命と武藤富男の「キリスト教入門」の解説(8)と興亜讃美歌の研究

昨日は、びっくりポンの繰り返しで、最後は東大経済学部出身の三十五歳の青年議員丸山穂高のびっくりポンで終わった。のは、彼が確信犯であるということを確信したからである。維新の会は彼を除名したが、あのような発言をした人は、誰かが拾うものである。多分そういう風になるのが政治の常道である。初めはバカかと思ったのは、Wikipediaを見ていなかったからである。すぐ調べたら、通産省出身の優秀な官僚だったので、ははん、と思った。大蔵官僚では、間違ってもでない発言である。先日東池袋で交通事故の不幸を作り出したのも、彼と同じ経歴を持つ秀才老人で、あの不幸が元で彼の人生は真っ暗になったが、宗教的に救われる以外には救われる方法は、ない。と思う。僕も、実は昨日疲れていた。少し小雨が降って、好きな絵も外で描けないので、屋内で描くつもりでいたところ、なんとも奇怪なもの「興亜讃美歌」の情報に接して、一日中振り回された。僕の恩師が編纂した明治学院100年史に加え、やはり明治学院の「心に刻む・敗戦50年の自己検証」も読み、つくづく国家権力の高さと恐ろしさを経験していた。ので、丸山発言は、かなり意図的だと、思うようになった。武藤富男は帝大法学部である。僕らの時代の学長で、僕はその人生模様をよく知るのであるが、丸山発言と好一対をなすので、いささかい書きやすいが、ことは重大である。現代の秀才議員は戦争発言をし、一方は再軍備反対を唱えている。この一連の動きは、何を意味するのであるか。僕はそれを基督教的視点で捉えながら、今日はこの程度とし、内村鑑三全集25を読んで、気を落ち着け頭を整理したいと、思っている。諸君。僕は、世界が平和であることを願いながら、日本の未来に思いを馳せ、皆様の幸せを祈りながら、今日は曇りであるな。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 

 

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