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2019.05.02

永遠の生命と上州安中有田屋と島田清次郎(2)とフルベッキの秘密と売春防止法

 

 売春防止法などという、ものが施行されたのは、1956年である。

 だから、昭和で言えば31年である。

 風の便りで、明治学院高校の頃、そんな法律が通ったということを知った。国会の審議も見ていたと思う。昔は国会中継などはない。大体の所の、見せ場を放映していたのであろう。見た覚えがある。

 

 で、僕は性に目覚める頃で(とっくに覚醒していたか)、なんとなくわかってはいたが、ただそれだけで。一向に深くはわからなかった。その後、明治学院大学に進んでみると、今は消えてしまった銀座のおボッチャマ(親友)と淡路島の金持ちの息子が四国旅行をしようと言うので、面白がってついていった。いったら、結局それは悪い遊びの旅行の誘いで、僕は辟易したが、それでも性への覚醒は一段と進んだ。 

 その辺りで、大学生なのだから真面目にフルベッキを研究すべきであった、と思う。

 

 高校の頃は。思えば神学読書で、大学は概ねマルクス読書である。神学書を、もちろん、卒業していたわけではない。しかし、唯物論はその当時の流行で、キリスト教とニーチェはいい勝負だったのである。これらを神学的に高めたのは、ニーバーという神学者であるが、僕はそこまで行かずに、マルクスのようなわかりやすいものに引っかかっていた。この唯物論と唯心論こそ、欧米の思想的高みなのであるが、僕にはとてもとてもついてはいけなかった。

 ついていったのは、僕の先輩でICUに行っていたFぐらいのものであるが、実際は彼も手こずっていて、結局彼は欧米文化に飲み込まれて消滅してしまった。未だ、行方不明である。

 その、彼のような秀才でも手こずっていたものが、僕程度でわかるわけもないのに。まー大筋でそんな事に興味を持ったまま、教会には真面目に通っていた。別に僕の経歴を言っているわけではない。が、明治学院の中学校では、高谷道男さんの書いた「ヘボン」を、学校で渡されているから、それもなんとかをコツコツと読んでいた。が、実は、高谷さんはむしろ、フルベッキを研究したかったのではないか(フルベッキ書簡集を出版した)、と今ならわかる。

 

 フルベッキこそ、明治維新あたりのあの激動期を、維新の日本政治と深く絡みながら。最後には明治学院の創立に関わり、理事にもなった人なのである。この人を本当にわからないでは、明治維新の日本の歴史的姿は明確にはならない、と老人の僕は思っている。だが、明治学院にも、この人を徹底的に研究した人はあまりなく、創業者と言われるヘボンの研究に力が注がれている。要するに、ヘボンは明治文化で表の顔、フルベッキは裏の顔、なのである。この裏の顔こそ、日本史のある意味では恥部であるが、あまり教科書的に表には出ないとしても。これなくしては、人間が生まれないの同じように、日本近代史も完結しないと、この頃思っている。

 で、売春禁止法は、キリスト教のおかげで、僕が明治学院高校の時に成立したのでるが。大学に進んで四国旅行をしても、まだ売春的社会状況に変わりはなく、卒業して日活の経営になる、天城日活ホテルでも、その現実をフロントにいて経験させられた。この問題は、いうまでもなく、人間の不条理の最大問題であることに、今頃気付くのであるが。もはや、遅し。

 

 できたての明治政府は、フルベッキに世話になり、欧米の視察(岩倉具視団長)をし、近代の先進的人権社会に目覚めていく。その段取りは、フルベッキがしたのである。が、今や不条理の時代、この問題は哲学の問題となっているのは、言うまでもない。

 

 

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 

 

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