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2019.05.18

永遠の生命と小説家有島武郎の魅力と島田清次郎からの卒業

かしらがきの意識が生じたのは、有島武郎の生まれ出ずる悩み、を読んでいるからである。これを読んでいると、島田の小説の二十歳の幼さが目に付く。確かに、芸者冬子の内心の説明や生き方には、感心していたが、有島を読むと全く色褪せて見える。昨日はある病院に行ったのであるが、その間読み続けた。のは、有島武郎のそれである。北海道の冬を描く彼の力量を世間は認めるだろう。誰も異論のない、日本の誇る文学者である。あれを英語にしても、どうも上手くは伝わらない日本語の絶頂がある。その彼の小説の冒頭は英語で書かれているから。当時の学識の高さ、それを吸収する力量を感じるが、英語は訳されないまま冒頭に掲げられている。大したものだ。最近は僕も英語を読むことはなんでもないが(やっと)、英語のあまりにも単純な簡潔性には呆れている。日本語で、有島が著した北海道の漁民の。波を乗り切る力量など、とても英語では表せない。

 

 僕は、これを。明治学院の高校の時に読んだのは、その題名に惹かれたからであろう。生まれ出ずる悩み、とは有島もよくつけたものであるが、まさにそんな題名の内容が十分感じられる。が、読み切ったり覚えていたりする箇所など、一箇所もない。が、昨日は、全く激浪の中を魚の群れを追う漁業者の真剣勝負が、実に印象的に伝わってきた。病院は、今。全くクレゾールの匂いがしないに、気が付いて。呆れた。これは病院ではない。僕の知っている病院は、しっかりと消毒薬のにおいのする、しけたもので冴えないもので、わびしいものと決まっているのに、僕の昔の病院はすでに消えて。料金の精算も、次回の予約も何もかも機械がやってくれる。と言う、ことに驚いて外に出て、僕は最寄りの駅まで歩いて知り合いのいる、駅前の中板橋のアンデンドゥでコーヒーを飲み、家に帰った。小説の中の二人の主人公は、一人は有島という文学を志す人、もう一人は漁業を生業とする画家、の物語である。僕も今は、絵描きの端くれであるが、やっと思うように絵が描けるのは、水彩絵の具という道具とネット販売というシステムのおかげである、と言っておこう。もちろんその基幹は年金生活であるが。当時の有島にも漁民にも、それはないのである。

 

 にも関わらず、厳酷の海に二人は出て行くのだ。いうまでもなく、僕の比ではない。

 ◯◯◯◯◯

 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 

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