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2019.06.12

永遠の生命と、水彩画の構築とブリューゲルの絵画

 もちろんウィーン旅行の僕の絵画的成果は、ヴィデオではない。僕のもっとも大切にしているのは、ブリューゲル絵画の鑑賞である。僕は、意図したわけではない。妻と二人で、地図を片手になれないヴィデオ(水彩画に利用するとは思わず)を片手に美術史美術館に行った。それは昔の宮殿の中にあるらしいのは、周囲が城壁で囲まれている空間から推定した。その一角に、美術館はあった。深いことは分からず、ともかく入ったのであるが、一室目がブリューゲルの部屋なのだ。有名なバベルの塔がある。で、僕はその部屋から動かず、いろいろ、飽かず眺めることになったのは、予期せぬ出来事に過ぎない。帰ってきてから真剣に何度も読んでいる西村書店のアートライブラリー「ブリューゲル」は、実に難しいものである。ブルーゲルの絵画も難しいが、その書かれた内容は、さらに難解で、いかにも西洋絵画史は、日本人離れをした西洋絵画史である。わかるわけもない。が、ブリューゲルの背中合わせの二室目はレンブラント。ちらりと観て、すぐ一室に戻った。そこで穴のあくほど見て動かない僕に、妻が怒ってしまった。ともかく僕は、それだけを観て、妻と一緒に美術館を出た。妻には申し訳ないが、でその美術館がいかに多くの優れた収蔵品を持っているか、見当もつかないまま外に出たのである。僕は妻にお願いして、地下でアダムとエバのレプリカを買って、今僕の家のトイレに置いてある。アダムが天を見つめ、その腕にエバがしがみついている十五センチほどの像で。僕はいつもアダムを見て、僕を考えているのだ。ところで、BRUEGELブリューゲルを観ていると、本当に宗教改革の悲惨が見える。のは、当然のこと。ハプスブルグ家が評価したブリューゲルは。世界で一番収集数があるようである。し、その美術館の目玉でもあるようだけれど。では、ハプスブルグ家はどの様な意識で、その絵画を収集した。かと、考えると。そこに揣摩憶測が浮かび上がる。のも、テキスト的に宗教改革を、他の日本人よりは、少し深く知るくどい日本人プロテスタントにとって。その揣摩憶測は、実に絶妙な神学なのである。あの時(宗教改革の時)、大衆は、がっくりきたのである、と思う。領主様が信じていた宗教に改革が起こる、とは信じられない事態だ。で、人々は、あのようなブリューゲルが描いた狂態を演じざるを得ない自体になったのだ。と、思う。で、ハプスブルク家は、それ見ろ、僕の揺るぎない支配があったからこそ社会は、安定していたものを。馬鹿どもが、改革をするからこのザマだ、という意味で収集したのだと、老人の僕は気がつくのだ。これも、人生の経験のなせる技である、と思いつつ。疲れたのでコーヒーを飲んで、一休みしたい。場所は馴染みのアンテンドゥ、である。今まで、アンデンドゥ、と発音していたが、スペルから気がついた次第。何語か知らないが、ローマ字も結構、粋だね。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

これも全部ウィーンのヴィデオから

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