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2019.06.16

永遠の生命と、小説レミゼラブル(ユゴー)の100年前

 僕が生まれたのは1941年である。その時、ペリー開国以来の怨念を晴らさんばかりに、大日本帝国はアメリカを奇襲する。その時僕は生まれたが、その時からちょうど100年前ほどが、大塩平八郎の乱である。なんだ、たったの100年前とは、知らなかったが。その時、ジャンバルジャンは黄色い通行証を持って、刑務所から出たての自分に旅をさせる(目的地はあるようだ)。刑務所(徒刑場と訳されている)に19年。の生活であった。もともと、頑健であったのであろう。なんとか命を永らえてのことであるが、その罪の原因が、有名なパン一切れだというが、まだ僕が読んでいるページには、出てこない。で、楽しみに読んでいるが、僕が1960年明治学院で、中学校からやっと大学に入れた時に、から見れば120年ぐらい、の時で、今の七十七歳から見ると、170年前の出来事なのである。が、はじめに若い時に読んでもいたので、つまりせいぜい200年は経過していないのだ。つまり、この歳になると、100年などは年数ではない。いや2000年前の聖書をしょっちゅう読んでいるから、2000年前も、そんな昔と思えない。で、ミレザブルにも聖書がのっけから出る。のは、初めの一章は司祭の話だからである。彼は真面目な司祭で、ヒューマニストである。聖書で「義務」の研究をして、本でも出版したいというような人であるが。若い時は、よくわからなかったが、今はよくわかる僕なのである。大塩平八郎は僕の好きな革命家で、徳川時代には珍しいクーデターを起こす。本格的なもので、どうも年貢米を先輩がごまかしていて、賄賂などという幕府官僚の腐敗の実態に、本格的に武器をとったようだ。つまり、フランス革命期と同じことが、小規模ながら官憲の良心から発した騒乱を日本に引き起こしたのは、日本史では本当に珍しいことだったらしい。それが、226事件などという近代史後半の世界戦の序曲は、日本でも激しさを増し。様々の思想の錯綜の中で、人々は苦しんだようだ。と、知っていると思ってはいるが、もはや僕の問題は「永遠の生命」でしかない。のは、ブルンナー神学に達した僕の明治学院的幸せと、いうのであろう。これで「一通」したのであるが、僕はああ無情を、さらに、読みたい。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

全部僕のヴィデオショートカット。絵にするために実験的モチーフ。

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車椅子のおばあさん。

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城の森の中のリス。よくわかんねーな。可愛いですよ。

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車椅子のおばあさん、森の中に向かっている。

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正面中間は宮殿、その向こうにシュテファン教会が見える。やや右。とんがり帽子。

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場内の観光馬車。リスの森のそばで。

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