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2019.07.06

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(六)

 ブルンナーが他界したのは、1966年で、僕が日活を辞めて親父の経営する建築設計事務所に入った年だ。もちろん僕は、そんなブルンナーのことなど、一向気にならなかったし、全く知らなかった、といって良いと思う。あの頃は、まだ白金教会に通っていて、気分よく青春を送っていたのである。誰が、そんな神学者の死を気にするだろうか。僕は、会社のブルーバードを勝手に乗り回し、ガソリン代は全部、親父の会社で引き落としていた。何をかいわんや。で、今から思うとバカなのである。ブルンナーが他界したのは、七十七歳と計算できるから、まさに今の僕の年齢なのである。僕のような非才のものが、彼に変わってなんで。こういった面倒な問題を、書かねばならないのか。本当に、僕はバカではないか。と、つくづく真剣に嘆いているのである。彼は二度ばかり日本に来る。そして、詳しくはわからないが、彼が内村鑑三を支持した、としてかなりの非難を浴びる羽目になった、ようだ。それが、彼の神学を直撃し、彼は病に倒れる。しかし、彼は東洋の真摯なクリスチャン内村鑑三(無教会)を尊敬し、彼のヨーロッパ的伝統信仰と比較しても、その高い信仰は内村の信仰を支えている、という信念に導かれてしまう。明治維新以来、西洋伝統の強い日本の、非内村的信仰は。当然かなり根強く、彼は高い世界の神学者として、大きな問題を抱え込んだのである。その苦衷はもちろんわからないのであるが、僕も、この歳になってなんとなく、辛い、のである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

スイス。アイガーですが、僕の実写です。

8004

 

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