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2019.07.16

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十一)

 ブルンナーの「弁証法神学序説」は、その序論で。「現状と我らの戦い」と、書いて出発する。実は、この短い文章(五、六ページに過ぎないもの)が、一番難しかった。この本、何度も挑戦しては後退している自分だ。攻めるのみ、と思いつつ、攻め上れないまま。ずるずる、といつも負け戦であった。ナポレオン的に言えば、ワーテルローの運命の決戦のようなものである。相手は、若いブルンナー、秀才神学者だ。いわば闘志。ヨーロッパ神学の騎士道の人だ。一歩も引かない。から、こっちは素手で挑んでいて、全くダメ。死屍累々、の精神史である。それでも、僕らの、おそらくもう死んでしまった(死に絶えた)先輩らは、頑張ったのであろう。そのキリスト教の騎士に向かって、なんとかそれを克服したいと、頑張ったのだと思う。色々、顔は浮ぶ。しかし、日本人で、それをうまくやったものは、いるのだろうか。高校生の僕らには、もちろん。馬耳東風である。読んでもわからないし。その上、バルトというもう一人の騎士と、ペアーなのだ。これには参る。降参であるが、僕は、少しは踏ん張れた。教会のおかげではない。無教会内村鑑三のおかげである。こんなところで、内村を思い出すのは、全くの偶然であるが。彼は、ブルンナーの興味を引いたようだ。当然だろう。おそらく、日本のキリスト教で、それなりの名前のある人で、ブルンナーやバルトの興味を引いたものなど、内村以外に皆無に違いない。ともかく、調子よく西洋の思想や信仰を受け入れる、おっちょこいか、計算高い西洋主義者のやることは。ヨーロッパから見れば、子供の遊びに過ぎない。それでも、日本人の根性のいいのがいて、コツコツ語学から、ヘブライ語、ギリシャ語、ラテン語など。恐ろしく面倒なものを克服する、名もなきクリスチャンも少なくないのである。で、少しずづではあるが、ヨーロッパ神学に近ずいていく。とは言え、向こうさまはローマ帝国コンスタンティヌスあたり(西暦三百年付近)の、あの極端なローマ帝国国教化、などという歴史から来ている、のだから。我々がかなうわけもなく。理解もできないまま、僕は高校生で受洗し。たから、全くの迂闊者である。だが、しかし、あの時。山永武雄牧師(フェイリス女学院院長、当時)から、受洗していなかったら、今の僕はないのである。これをカルヴァン流に言えば、神の選び、と言った神学で。スイスの宗教改革者カルヴァンの、神の選びの「絶対運命論」を。考える、神学の面倒な問題が。初めからヨーロッパ近代社会には、横たわっていたのである。この辺りが、若いスイスの現代神学者(当時、わが国では大正時代)の、厳しい問題であった。それが、彼の、序文にある表題。「現状と我らの戦い」の、意味なのであるとは、最近わかったことである、とはとは。とは。情けない。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

スイスのジュネーブにある、カルヴァン教会。カルヴァンはこの近くに住んでいたようだ。記念の家は今でも残っている。僕の実写だ。

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