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2019.07.21

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十一)

僕は、「聖書の真理の性格」をもう一冊、古書で買った。なぜかと言うと、この本は。僕にとって、決定的な高さ、を持っているからである。僕は、この本が持っている価値を、知ることを、知るものになった。ことに、我ながら感動した。なぜなら、ヨーロッパそのものの、真髄のようなものに。僕はどうして、ここまでのめりこめたのか。ということも自分ながら、全くわからない。が、僕は。日本では珍しいスイスカルヴァン派に、若いときに出会っていた(明治学院でチャンスを与えられた)、自分だった、と知った。ブルンナーは、1937年。この本で、宗教改革的カトリック批判をする。が、そのカトリック批判の中身は、実は僕も考えていたことで。キリスト教と接触すると、様々な疑問が生まれる中に、必ず出てくるものなのである。それは、当然で。子供であっても、そう簡単には、神様を認めるわけにはいかないのだ。まして、外国の神様である。明治学院や教会の宗教儀式も同じだ。日本の宗教儀式とは、明らかに違う儀式は。儀式は、目に見えるだけに、当然批判の的になる。それに対する疑問は、僕は自分の特殊な。キリスト教への、自分の非才から起こるものだと、勝手に解釈していた。が、今にしてブルンナーを読んでいると、彼は。僕が、僕の常識に従って持っていた疑問を、いともやすやすと。自分たち(ヨーロッパプロテスタント)の疑問としても、同じであると見事に本に書いている、ではないか。これには参った。これは、意外である。なんだ、自分が持っていた疑問は、不勉強だからではなく、よくわかって若い僕に沸いた。疑問なのだと、納得した。だから、僕は。彼の、具体的なカトリック批判をここでは、あえて書かない。興味のある方は、読まれるといいと思う。他愛ない問題から、複雑な問題まで。僕は、さすが明治学院に10年もいたから、しっかり疑問だったのである。これを、真正面から書いた日本人など、残念だが一人も知らない。し、まるで、私と同じように。心の中に飲み込んで。僕は僕なりに、さらに。他の友達は、他の友達は友達で。キリスト教から去っていった。と、知った。残った僕が、バカだったのか、去った友達がバカだったのかは、今更言っても始まらない。が、「残った僕」は、僕の疑問が。ヨーロッパの、大神学者の疑問と同じだった、と、思った途端。この本は、僕の宝物になった。それを思うと、同時に、僕はトマスクィナスの神学大全を、すごいと思った。なぜなら、その大著作のはじめには。しっかりと「神は存在するか」という、もっともな疑問が掲げらているからである。この本は。中世カトリックの、中心部を形成した神学だと、言われている。どちらにしても、ヨーロッパの神学者たちが、カトリック・プロテスタントを問わず。この大疑問に挑戦し。ともに、その挑戦の同志として。ただ単に、非難しあっていたのではない、という高い意識に。やっと、到達できた。自分を。本当に、ブルンナーのおかげだと、思ったのである。それが、この本をわざわざ、もう一冊、買った理由なのだ。日本で、こんな、面倒な思想の戦いを、やった人や時代があっただろうか。僕は、日本人の柔らかな思想の曖昧性を、愛さないわけではない。が。今後、それで、日本はたちゆくのか、と年寄りらしく心配したのである。いや、この柔軟性こそ、世界に通用する。人類の高い生き抜く思想、なのかもしれないが。僕は、画家筒井友美の作品「帰る場所」を、毎日見ている。ので、画家は、何を創造したのであるか。と、僕は今度、コーヒーを飲みならが、聞いてみるつもりだ。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

m https.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

以下は、全部僕の実写と、スケッチ。特にカルヴァン関係でまとめてみたが。勝手に、それに関係なく気が向いて掲載したものもある。スイスはかなりあるから、楽しみにしていてね。カメラはコンタックス、フイルムは富士フイルム。これを、全てCDに焼いて僕は持っている。こういうのを、先見の明、と言う。要するに、大切にしたのである。単に、テクノロジーだけの問題ではない。が、高い現代的テクノロジーには、もちろん心から感謝している。CDを焼いてくれたのは、近所の55、というカメラデポさん。今も名前を変えて、そこにあり、ふだんからお世話になっている。ガラケーの写真は、そこで今も焼く。元気で綺麗なお嬢さんと、仲がいいのだ。年寄りの特権だね。

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