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2019.07.21

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十三)

断っておくが、この表題は、いうまでもなく宗教的なものである。社会科学的なものでは、ない。が、僕はかつて。そしてさっき、ハーバート・ノーマンを読んだ。なぜかと言えば、僕は。日本の明治維新や文化に、前回で色々言及し。かなり、断定的にものをいったからである。僕は、そこで、やりすぎてはいけないと思い、ノーマンを読んだ。彼の代表的な著作は、「日本における近代国家の成立」(岩波文庫・2011年版・第1刷1993年)である。が、それを本棚から出して、少し読んだ。彼が、ブルンナーの嫌った唯物論者、であるかどうか、を確かめたかったからでもある。その本の解説、354ページには。彼はマルクス主義者ではない。と、はっきり書いてある。このノーマンという社会科学者は、僕がブルンナーに影響を受けたキリスト教的弁証法、の中にいるとき。明治学院大学では、いやで、もこの唯物論問題と対峙せざるをえなかった、時代の人である。だから当時、その事態はいたって複雑だった。話は、一気に固くなったが今更ながら。それは。当時の政治状況から来ている。あのとき、冷戦構造であって、今とは全く、世界の様相が違っている。今は、冷戦構造は消えて、あるのは、哲学的唯物論社会と宗教的唯神論社会、との対決であると、思うように、なった。からである。これを、社会科学で理解することは、もはや不可能。それは、ノーマン史学を読めば、明らかなことである。彼が、言わんとしたことは、彼の政治思想、と誤解されたものは唯物論思想なので。はなくて。彼が本来持っていた、キリスト教的宗教史的歴史観を、日本の文化や歴史として理解しようとし、その理解の困難性の中に。彼の不幸が生じた、と僕は僕なりに、思ったからである。だから、日本人として。これを再読しなければならないと、思った。のは、彼は当時。アメリカから赤と烙印されて自殺した社会科学者だからである。ということを言って、ノーマンの、ご冥福をあらてめて祈るのは。僕のクリスチャンとしての心がけ、なのであるが。彼の父上が、僕の好きな軽井沢と、深く関係した牧師だったからだと、今日は言って、終わることにしたい。老人も、まだまだ勉強しなければ、なるまいね。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

m https.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

これは、スイスの暗い部分。要するに地下牢。ここに囚人は幽閉された。全て実写だが、まわりは岩、のみ。部屋などという、概念ではない。

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これは大氷河。恐ろしいほど冷酷厳然。もちろん実写。アイガーの腹に開けられたガラス張りの隧道から撮影したもの。

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これがガラス張りの隧道の内部から撮影したもの。つまり、アイガーの腹のなかである。実写。

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これがまじかに見る岩山。すごい迫力である。実写とは思えない。

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このアイガーは上手く撮れている。雲もなく、ラッキーだね。実写。コンタックスと富士フイルムの勝利だね。僕が撮影したと、今では信じられない。

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