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2019.07.20

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十)

スイスを書いていると、なんとなく国際謀略に頭が動き、その途端にサマーセットモームに思いがおよぶ。のは悪いくせだ。浮気性なのだ。モームは、世界的に有名な作家であるが、完全な諜報機関の働き手である。1914年、第一次世界大戦の時。諜報機関と関係を持ち、二次戦でも活躍する古手だ。その彼が、ジュネーヴに住んで。表向きは劇作家であることは、有名である。僕がスイスから帰って、興味を持って読んだ本。「月と六ペンス」は、もちろんゴーギャンがモデルだと言われている。が、必ずしもぴったり一致するわけではないようだ。タヒチの、あの画家の魂を、太平洋の膨大の中に見ようとしたのであろう。その中のさらなるスイス。ブルンナーさんはますます、現代史の真っ只中に。出頭してもらいたい人、なのである。「聖書の真理の性格」(昭和25年・日本基督教青年会同盟・副題は「出会いとしての真理」、で表題の真理にはカッコが付いている)、その上に。「村田四郎先生に捧げる」などとも書かれ。ていて。この捧げられた人、村田四郎は。明治学院の院長なのだから、僕は因果だと思う。彼が、僕の若い時。教会で彼が最後の講演会を開いたとき、僕が控えの間のサービル係りをした。どうして、この本が厄介な本なのであるか。一言で言えば、この本。プロテスタントであるブルンナーの、カトリック批判の本なのである。この辺りは、クリスチャンでない人が読めば、なんの関係もない、が。この本が、結局。ブルンナーの、非常に大切な本にも関わらず、日本のキリスト教界は、絶対、再版できなかった本だと、推定した。これを読むと、ブルンナーは宗教改革者カルヴァンの国の、なるほど世界的神学者なのだなー。とつくずく思う。このカトリック批判は、半端なものではない。僕も初めてこんな明確な、批判書を読んだ。今は。つまり最近は。両派は甚だ仲が良く、特に日本のように、基督教が劣勢のところでは。それを両派共に、お互い批判したくない世界、というのが本音であろう。それは過去の歴史のことで。今は、違うというのだろう。再出版すれば、確実に誰かが傷つく。祖父ネットは「永遠」問題を考えるから、この問題を、ないがしろにはできない。組織の問題ではない、個人の永遠の問題、であるというのが僕の理由だ。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

m https.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

この城のある船着場から、モントールまで船で行ったのではないか、と思う。もちろん実写で、コンタックスと富士フイルム。

 

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これは、僕が撮影したパリ。ちょっと最近、話が固くなりすぎるので、遊びに挿入してみた。

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