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2019.07.12

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二十一)

 で、。前に進むために、Wikipediaでブルンナーさんを調べて、びっくりした。もう少しマシな記述が、できないものか。今書いてあるものは小学生の作文のように、まるでなっていない。小学生でも、もう少しマシなものが書ける。などと吠えても仕方がないが、これが現実である。要するに、人間の永遠の生命などを書く人としての、ブルンナーの経歴を書くにしては、なんとお粗末なものであろう。これが念のいったことに、誰が書いたものかわからない無料匿名の辞書だというのだから、これが一番さみしい話だ。それを、こちらはカバーするのが、仕事であろう。やりがいのある、ことである。特に、何かを偉そうに強調するのも問題があるが、なんとなくスカスカ記述になるのは、学歴を無理に書かない今の風潮である。その割には、有名校狙いや点取り虫教育が盛んで、一体何を考えているのであろう。特に専門的な分野が、毀損しているわけではないが、学歴を書くと、学歴のない人が、人権的に文句を言うので書かない、とでも言うのだろうか。その方が、よっぽど人権を無視している。学歴は誇るものではないが、自分がきっちりと勉強をして、それを基礎にしてさらに社会に貢献してなぜ悪いのでしょうか。僕には、全くわかりません。その上、ブルンナーさんの訳のわからない神学的部分は書いてあるが、素人には全くそれは、訳がわからない部分であることは、当然で。そこがミソというのなら、もっとわかりやすやすく書いたら、どうであろう。とかなんとか、いってみたところで、せんないことで僕には関係がない。が僕が頑張れば、済む話である。で、多分若い方が、わけも分からず書いていると、判断し、愚痴はこれまでとする。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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僕の実写のアイガーです。カメラはコンタックス、フイルムは富士フイルム。絞り優先機能を利用。

 

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