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2019.07.15

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二十九)

 ここで掲げる、なんとも言えない表題の重さに、我ながら呆れている。が、こうなった経緯は、今までの説明でなんとなく、わかってもらえたかもしれない。要するに、ブルンナー神学のような西洋神学の精髄は、我々には簡単にはわからないのである。しかし、「人間の永遠の生命」、のような。人間にとって終末論的な命題から、人は逃げられない以上、仕方がない。僕が挑戦するしかない、のかな。とは言え、ブルンナーを理解するには、一体どうしたら良いのか。時系列のバラバラなまとまりのない論文を、やたら読んでみても分かるものではない。で、僕は、覚悟を決めた。ともかく「弁証法神学序説」という、およそ馴染まない、彼の若い時の論文を読んで、その解説を自分なりにすることしか、方法がないような気がした。自分が、読んで、理解したことを、書くしか方法がない。それが、永遠の生命に、達する、唯一の道だと思うようになった。今更ながら、親に相談することもできず、相談された相手とて、何を答えるやら、答えないやら、どこまで正確で、真面目な回答であるか、見当もつかない。老人には。もはや、「師」は、いない。自分が、今まで勉強したことを、率直に語って、こうではないだろうか。とか、こうだとか、ここがわからないとか、正確に考えて発信し。て、読者の参考にするしか、別段これといった方法は、ないのである。これが、老人の孤独、というもので。今更ながら、ブログを恨んでも仕方のないことである。ブログが、こんなにも発達する、とは思ってもみなかったが、ともかく。最近のココログの制作基地は、なんともインテリジェンスの高いこと、見上げたものである。それで、僕も、毎日、なんとなく、スラスラと書く気が起こる。で、しっかりと、本(弁証法神学序説)を読んで、自分の理解度を深め、書く。という幸せを、経験できるのだ。僕が、適任であるか、ないかなど。全く関係のないデジタル出版は、質の高い情報を作成できるという、ところまで来たのである。誰でもココログに参加して、ぜひ、いい仕事をされることを期待している。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

刻々、変化するマッターホルン。まるで、ブルンナー神学の、読み慣れないヨーロッパ神学の展開のように、行間を追いながら、内容を理解しようとする。が、だが。不動の山は、雲によって、刻々と見えかたを変える。山が動いているのではない。覆う雲が、不動のブルンナー神学に、変化を与える、のだ。全部現場で、根気よく待って撮影した。コンタックス、富士フイルムを使用。

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