« 永遠の生命論、人間存在の希望の研究(八十九) | トップページ | 永遠の生命論、人間存在の希望の研究(九十一) »

2019.08.08

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(九十)

千回目標から見れば、九十回などまだほんのわずかの書きすぎない。が、暑いので。軽井沢にでも行って、エリザベス(コストヴァ)を読もうと僕は、新幹線に乗った。僕の軽井沢の家は、仮想の家で。実物などとっくの昔に人の手に渡って、自殺した学者ハーバート(ノーマン)をいう人も、もはや軽井沢で誰も言わない。ので、僕の小説を読むのには、持ってこいの環境なのである。実際は、ここは東京の僕の家で、要するに。僕は、クーラーをつけて、ベットに両足を投げ出し。コストヴァを読む準備をした。軽井沢に別荘を持っていたなどは、書きを面白くする工夫に過ぎないが。僕は、軽井沢には、度々よく出かけている。本の扉を開けると、マネの言葉が掲げられ。僕は人物画を描けないが、マネともなると。なるほど。その心がけは見上げたものだと、感心した。で、日中(ひなか)僕は、昨日。豊洲に行った。久しぶりで、豊洲でとんかつ定食を千円で食べ、目の前にあるバス停で、有明まで行って、その小中前、という停留場で降りて。びっくりした。十分もバスに乗らないのに、僕は。ここは、日本ではない、と思ったのである。コストヴァはベストセラー作家である。あの夢中で読んで感動した、「ヒストリアン」は。世界で売れに売れ、百五十万部にもなった人で。で、キリスト教を書いた彼女は、アメリカ人で。僕は、長老派の宣教医ヘボンを調べに。東京有明医療大学を訪ねて、バスに乗って降りたのである。それは、突然やってきた。本当に突然なのだ。必然ではないだろうなと、、僕は疑ってかかったが。ともかく僕は、バスを降りた。目の前に見える立派な大学は、僕が初めて知る大学である。僕は、軽井沢にいる夢を見て、新幹線に乗って、霧の軽沢駅に着いたのである。僕は、五階にある図書館に行き、すでに電話でお願いしてあった、journal of tokyo ariake university of medical and health sciences(面倒なので大文字を略す)という雑誌を閲覧しに行った。担当者は福田純子さんという人で。いかにも図書館で働く人らしい知的で素敵な人、にお世話になって。僕は、目的の本を閲覧し、コピーし、家に帰ってきたときは、四時過ぎていたが。僕は、この偶然、今日生じた出来事を、僕の必然と書くのは。いささか動揺がある。実を言うと、ここのところ、僕は。すでに何回も書いているように、「キリスト教綱要・物語」(ゴードン著・教文館・2017)ばかり読んでいて、ふと僕の勉強場であった明治学院のヘボンを。なんとなくヘボンが、スイスに行ったことがあるので。スイスとヘボンをネット検索し。それに関する文章を、ネット上で見つけ。その書かれた本が、実は、さっきの英語で書いた本である、と言うことで、僕はその図書館に行った、訳である。まさに、カルヴァンは運命論者で、僕は。それを今研究していて、頭がいたいのである。僕は、コストヴァの「白鳥泥棒」(NHK出版・2012)を真剣に読む、準備を今朝した。

ーーーーーーーー

 筒井友美作品。

「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

僕は、コストヴァが書いた「白鳥泥棒」を読む準備に入ったが、彼女は前作でヴァチカンを書いたので。僕も、僕の実写したヴァチカンを載せたい。カメラはコンタックス、フイルムは富士フイルム。

021_20190808070801

0023_20190808070901

0013_20190808070901

0018_20190808071001

0020_20190808071001

3_20190808071101

0005_20190808071101 

022_20190808071201

006_20190808071301

33_20190808071301

 

 

 

|

« 永遠の生命論、人間存在の希望の研究(八十九) | トップページ | 永遠の生命論、人間存在の希望の研究(九十一) »