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2019.08.13

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(九十七)

 

老人になって(後期高齢者などの)、ワープロも打てず。複雑なマイクロのフォントも選べず、アメリカマイクロは英語に重点がうつり、日本語などは軽視し始める今。こう言った悪い意味のアメリカ化の中で、置いていかれる日本人は多い。昔は、向こう(マイクロも)遠慮しがちに、こんなサービスもできもしない日本語を無理に使って、サービスをやっていたが、彼らだって世代交代するから。みんなクビになって、経費のかかる日本語フォントなど、選択肢からはねてしまう。ほんの、言い訳程度に選択肢に入れて、いるが、なんともひどい差別である。ローマ字時代ならいいが、英語時代とは、片腹痛いことで。自分たちが独占しているソフトが使いやすいように、しているだけで。親切心など、奴らにあるものではない。この現象は、予想されていた。が、なにせローマ字にすら、とても追いつけない日本人は、ローマ字とは、英語だと思い込んだようだ。ローマ字のその簡便さは、世界のトップで、自国の持つ風格(たとえば漢字など)などと言うものは、マイクロワープロにとって、今や。なんの未練もないである。それでも、いささか優しいのがマックで。僕は、それを認めて、自宅用は20年以上それである。が、それも、ことワープロでは、マイクロにかなわないで。ビジネスワープロの標準を独占した、マイクロは。そこにも乗り込み、マックも。どうしてもそれを使わないと(統合しないと)、日本で売れないので、止むを得ず。それと統合しているが、なんとも使いにくものである。僕も、今のこのマックで、マック独自の昔からある単純なワープロを使っていたが、何かと妨害されるので。少し会社で現役のころ盛んに使った、マイクロワープロ(嫌いだった)を使って、ここのところ書いていたが。まさに。そろそろ、嫌になってきた。今や、日本の文化となったと思われるワープロ文字とは、内実は思想なのであって。では一体、どのような思想であるかといえば、僕が言えば。単に、唯物的な絶望思想に過ぎない。アメリカ的な物質主義は、もはや世界を席巻するが。それに、しぶとく抵抗するのが、アラビア文字である。あの優美な世界でも、もはや買い手(石油)としてのアメリカに、どうあがいても飲み込まれれそうで。時々、テロで抵抗するにしても、もはや。世界の潮流からは、程遠い存在である。今更世界が、アラビア文字や、日本語や、漢字を。なんとかしようとしても、とてもローマ字に及ぶものではない。しかし、ローマ字になれるようで、慣れない日本人は。このような。僕のような、ヘボン式ローマ字の本家本元の明治学院で、勉強してみると。いかにも西洋化した日本の、ブロガーが。ここで、七十七歳にもなって。平然と、鬱陶しく臭いマイクロワープロで、文章を書いているのは。まさに、日本語の悲劇であろう。この悲劇は、いずれ生じると、予想されていたが、一番問題は。そこからスポイルされている老人(周りのご同輩が)皆、認知症になって。自分の思いの「一片」すら、うまく表現できない老人たちの。深い喪失感を、僕は多少とも、理解できるブロガーなのである。が、今更僕が、若い時から高唱し警鐘を鳴らしてきた、日本ローマ字化の問題は、もはや。時遅く。僕らの先覚者たちが、警告したように。日本は世界のなかで。急激に自国文化を失いつつ、異質化する日本文化の進み方は、僕にも先のことはわからない、が。日本文化が、いよいよ失われようとするこの今の時期は。なんと、暑い夏になったことか。僕は今日も、水彩画に挑戦し、銀山平を描く、つもりだ。それに、まさに。驚くべきことに、ここから全てをコピーして、マックのテキストエディトに、持っていこうとすると、なんと。できない。と言う現実が、あるとは。僕は、いよいよ。マイクロを放棄する決心をしている。次回から祖父ネットは、マックテキストエディットを使うので、時間がかかるかもしれない。明らかに、これは、アメリカの表面化しない陰湿な、金儲け主義の陰謀である。日本文化の消滅は、横浜新橋間の鉄道施設の、自然破壊から明確に始まっている。その、日本文化最大の悲劇が、太平洋戦争で、ある。と、言っておこう。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

銀山平、実写。カメラはライカデジタル。最高画素を使用。3枚連続撮影、絞り側固定セット、だったと思う。

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