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2019.08.21

永遠の生命論と、人間存在の希望の研究(109)

古書「権力とたたかう良心」(高杉一郎訳・みすず書房・1973・ツヴァイク全集17)が、来た。先日、国会図書館で、ちらりと閲覧したもの。内容は、要するにカルヴァンを、全面的に批判する書物である。ともあれ徹底的にカルヴァンを、批判している。ツヴァイクという人を、それまで何も知らなかった。カルヴァン研究の検索で、見つけた。何度も書いて、書く方も飽きてしまったが。僕は、カルヴァンを、明治学院高校の時、自分で選んで読んだ。その結果、僕は。カルヴァンの考え方を、ベースに、生きてきたのである。ともあれ、いろいろ考えさせられるものの、要は資本主義に生きる、ということを僕は教わった。資本主義が、カルヴァンの精神によって、醸成されたという説は、マックス・ウェバーによって唱えられていた。日本の、戦後の東大の教授、大塚久雄が、それを訳し。日本の若者の行き方は概ね、その方向を取ったと思う。多くの人が、岩波文庫の、M・ウェバーの「プロテスタンティズムと資本主義の精神」を読んだ、に違いない。概ね、そんな感じで、僕は社会に出た。その初めの会社が、映画会社日活。で、そこでホテル部に配属になった。そこには、今の女子ゴルフの隆盛を起こす、二瓶綾子がいた。彼女が、その創設者になるとは、夢想だにしていない。当時、日活ホテルには。日本の実業家や政治家が、多くゴルフ遊びに来た。僕は、そこを、一年でやめた。ともあれ、僕は。そう言った精神を持っていた。で、そのプロテスタンティズムの精神こそ。カルヴァンと、深く関係することなのである、と思っていた。で、ツヴァイク全集の17で。ツヴァイクは、カルヴァンを徹底的に批判している。この本が出版された頃、僕は結婚した。北小金にあった木造アパートで、新婚生活を始めた、が風呂はなく。近くの銭湯に、二人で楽しく通った。そのそばに、今日本一になったマツモトキヨシが、小さな店(昔の単なる薬局)を構えていた。僕は、近くの。今はなき、北小金教会に通いながら、新婚生活を送った。というわけで僕の、実務生活は厳しかったが楽しく。ともかく、資本主義の精神の中で、競争的であるにしても。当時の、日本は、何かと談合時代。僕も、それに乗って、資本主義のやや自制的で、抑制された資本主義を生きていた。そして時過ぎ、年金。今の、本格的な、自由主義の厳しい世界が始まる時に、さっさと卒業させてもらった。この僕が。今初めて、ツヴァイクを読む。カルヴァンを擁護する、マクグラスに頼り、ながら。ともかく、人間社会は困難が絶えない。と、知るのである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGcで、

で、今日も優しくポピー。僕は妻と二人で、このポピー畑を観に行った。TVニュースで知った。素晴らしいもので、まさに印象派の風景である。実写。カメラはライカデジタル。最高画素を使った。

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