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2019.08.23

永遠の生命論と、人間存在の希望の研究(114)

永遠の生命論と、人間存在の希望の研究、を書いていて。韓国の実に無謀な、テキスト的不合理破棄を新聞で読むと。人間の、権力の、本当に危うい個人の、非理性の責任者の資質を疑って、いる。と、何か物を書くことが、嫌になるが。今はヘイトもならず。ただひたすら、かような言葉のあり方にのみ、希望を託して。多分韓国の国内事情は、複雑なのであろう。隣国であるからこそ、近代史のアジアの悲劇は、日本人としても分かっているつもりだが、彼らの悲願は。民族統一的政権の樹立、なのであろう。私から見ると、分離はイデオロギーである。冷戦構造が残るのは、朝鮮半島あるのみ。うまくやらないと、せっかくの近代化のアジアの努力と成果を、一気に失うことにならないだろうか。所詮、隣国のことで、といえばそれまでだが。関係論的な問題が生じた以上、庶民としても発言は可能だと思う。日本に、この無策無謀が及ばないように、祈るのみである。自国の平和はもとより、隣国の平和も願っているが。朝鮮半島とはいえ、ユーラシア大陸、なのである。このユーラシア、という名称の意味はわからないが。大陸的歴史は、ヨーロッパ側で、なんとか平和的に分立した、とはいえ。あちら側にはキリスト教社会があり、それはローマ大帝国の国教になって以来、千年近くも宗教的政治的なカトリックが、曲がりなりに平和を維持していた。が、宗教改革を行わざるを得ない、利権腐敗が進んで。若い坊主(カトリック)の中に、覚醒が起こり、いわばテキストとして、暴力でなく。テキスト(プロテスタント神学)として、革命が起こり。次に、ヨーロッパは。今度は暴力として、戦乱の時代を迎えつつ、近代社会が創られていったようだ。と、考えると、社会学も難しいが。アジアは、その点、なぜか日本が、近代化に先行してしまい。近隣諸国に迷惑が及んだとはいえ、眠るアジアを目覚めさせたのは、日本でもある。と、思ってもらえば。少しは、日本憎しの感情も、和らぐのではないか。その証拠が、先進7カ国。という、国際政治上の枠組みである、のだから。少しは、日本のアジアにおける功績も、認めてもらいたいものである。と、昭和16年生まれの私が、こんなブログで言ったとしても、なんの意味もないだろうから。今朝の書きは、この程度にしたい。それにしても、無能な、一人の権力者が独走する姿は、アジア人としては寂しい気がする。アジア全体を考えていない、と思う。アジアは、全体で見れば、すでに貧しいばかりではない、と思う。のであるが。

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 筒井友美作品

「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

で、今日も銀山平か。実写。

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この画家は、私ではなく私の先輩です。

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