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2020.06.30

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(383)6月30日、火曜日(千回を目指して)

青木富貴子氏の「731・石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く」は。また一段と、辛いことに、なった。それが、豊島区椎名町駅近くで終戦直後。昭和23年に。起こった、凄惨な事件へと繋がる、らしく見えるからである。それを書いた松本清張の小説。「小説帝銀事件」は名著で、今でも売っている本である。昭和35年出版の、私が持っている本は、今は。角川書店の文庫になっている。事件はもちろんウィキにあるので、少しコピーをとっておきたい。⚫️帝銀事件とは、1948年(昭和23年)1月26日東京都豊島区長崎帝国銀行(後の三井銀行。現在の三井住友銀行)椎名町支店(1950年に統合閉鎖され現存しない)で発生した毒物殺人事件。太平洋戦争後の混乱期GHQの占領下で起きた事件であり、未だに多くの謎が解明されていない。⚫️十六人が毒物を飲まされ、十二人がなくなった、事件。犯人は有名な画家とされ、最高裁でも死刑。だが、不思議なことに、その執行は、実行されなかった。平沢死刑囚は病死、して。それが原因で、今も、731細菌部隊と繋がっている、とされる闇が、存在する。当時の、警視庁の捜査が。GHQ(日本占領軍)の意向で、ねじ曲げられた、と推定されるとする説が、今も燻る。初め。石井四郎731部隊の関係者が、犯人であると目星をつけた警視庁は、それを確信として。そこに捜査本道に据え、捜査は進んで行く。ところがある日。あっけなく一瞬で。傍流方針、であった平沢説にシフト。と言う、もの。そこに、731部隊の責任者。である、石井四郎が帰国後も。大切に持っていた、超貴重な。満洲細菌部隊の研究成果の情報と、免責交換されたと、推定される事件。と言う推定が成り立ちうる状況は。事件当時は、子供の頃で。その後も、日本人の興味を引きずり、犯人が画家ともなれば。青年期の私の興味も尽きず。今も、事件が起こった近くで、寺カフェコーヒーを飲みながら。「日本の戦争」を考えて。やっと私も、今次の。世界大戦のドイツ、イタリア、日本の陣営と、アメリカ、イギリス、フランスの陣営に横たわる。キリスト教的な、また日本文化的(アジア的)な、戦争的かつ宗教的バランス感覚も。やっと、アンバランスでなくなり。この頃、あの戦争を少しは。冷静に考えることができるようになったと。昨日の、382回で書いた。が。昨日も、731と清張氏を併読し。イギリス人の宗教哲学者、ジョン・ヒックさんの自伝も読んで。なんとか、今朝の書きに漕ぎ着けて。類似の。現在進行形である、世界の。コロナ社会の感染症はまだまだ。先の長い話に違いないと、思いながら。それと並走する形で、一段とファイトを持って探究。して見る気持ちが、している朝となった。が、梅雨はまだ明けない。下にある二枚の写真は、Wikipediaの写真です。あまり貼り付ける気持ちは起こりませんが、深刻度の補強で、止むを得ず掲載します。

 

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 筒井友美・「帰る場所」

 

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 筒井友美ホームページ https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

 

 

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