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2020.07.02

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(385)7月2日、木曜日(千回を目指して)

青木富貴子氏の「731」の闇、は脱出できない人間の闇、である。永遠に墓標がついてまわる、日本人の人間の闇、である。原爆が、アメリカ人の拭えない闇、であると同じものだ。ドイツ人の消えない闇は、ボルタンスキーの闇で(ホロコースト・アウシュヴィッツ)、芸術になっている。芸術として最高に優れ。目黒白金の、都立庭園美術館で表現された作品。は、空間と言う存在の、闇、なのである。ウィキ⚫️クリスチャン・ボルタンスキー(仏: Christian Boltanski, 1944年9月21日 - )は、フランスの彫刻家写真家画家映画監督、現代アーティスト。兄は社会学者のリュック・ボルタンスキー、パートナーは同じく現代アーティストのアネット・メサジェである。制作活動の初期から、個人の記憶や存在、不在を作品の主なテーマとしている。⚫️その白金を。青木富貴子が「闇」を書くために、ある家を探す場面で。昨日は終わった(301ページ・「第八章、ハットリハウスの検察官たち」)。も、僕がよく知る場所で、明治学院のソバなのである。ボルタンスキーを教えてくれたのは、現代の画家、筒井友美である。作家は今。コロナの闇を生き抜いている。誰も、先のことが分からず。ただ空間の「帰る場所」が、「ある」だけで。そこが何を意味するのかは、今のところ誰にも。わからない。ギリシャでビーナスが生まれた遥か昔。芸術家は、人類の闇を。計測できるわけがない。あのような理想の人体は、一体どこから生まれたのか。ツタンカーメンならわかりやすい。永遠の生命を。無理に作り出したような。オール金ばりの墓マスクは、精緻な醜い造形である。あれが。人類の本当の欲望文明の発祥、表現では、ないか。中国の。あの、古代大帝国の人形群に。関東軍731細菌工場の、マルタ(生体解剖人間)、群の亡霊が、重なり。我々は、一体なんであるか。なんで

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 筒井友美・「帰る場所」

 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 筒井友美ホームページ https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

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なければならない か。と、哲学させる、ので。やっと。宗教ではなく、哲学に至ったときの本は。「存在の根拠を精神に求める唯心論と、それを自然に見出す唯物論との対立の歴史は古い」と、岩波文庫。「唯心論と唯物論」(フォイエルバッハ著・船山信一訳・第36版・2014年)の。表紙に書かれた解説の言葉は素晴らしい。だからこそ僕らの闇は、深い。フォイエルバッハがそれを書いた時は、なんと1866年、慶應2年だ。その2年後が、明治維新。で、フォイエルは68歳で死に。その「訳者はしがき」の8ページ。に、神明正道が出て。この人が、僕の。明治学院大学時代の社会学科の看板教授なので。人生は闇だね。今朝は開けたのであるが。「服部ハウス」とは。服部時計店の創業者の豪邸で、当時GHQに接収され。東京極東戦犯裁判の検事宿泊所、になっていたところ。伝染病研究所(僕らが明治学院の学生が、伝研と読んでいたところ)、と目と鼻の先だとは、いろいろ。闇だな。下はボルタンスキーの作品。ネットから転載した。

Kaiga_20200702061901

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