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2020.08.02

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(416)8月2日 日曜日(千回を目指して)

「秦剛平」さん読み、が急激に減退したのは。結局のところ、彼の訳した「最古の聖書」である七十人訳ギリシャ語・聖書は。秦さんの学者的意識によればそれは、「謎」である、という面白さが。結局語句の句句の学者的ディテール探究、なので。僕の様に明治学院で子供の時から、要するにミッションスクールで徹底的に。キリスト教プロテスタント教育を全面的に受けてしまった、日本人が。87歳にもなって、まだまだ達することのできない外国の宗教が。なんで今も僕の、脳天を打つのかという深刻な問題を。秦さんが解決してくれるわけではない、と言って。コロナで世界が苦しむ時に。なに平然と生きている若者さえも。心の底では、結構このコロナを気にしている、様子がありあり見える。から、表面の強がりはともかく。素晴らしい体格を獲得している、今の日本人が。デカイなり、をして。実は内心。恐怖を一生懸命抑えているのが、わかる。あるいは推定する、あるいは忖度する、などという年寄りのクリスチャンとしては。ここ一番、出番であると、内心は思っているのである。が、なにせ浅学の身では、ろくな言葉も贈ることができないでいる。経験としていえば、この事態は。人類始まって以来のもではなく。過去にも。散々人間は感染症に苦しんでおり。ただ、庶民には。世界的情報網が昔はなかったから、恐怖を同時共有するなどということはなかったのであるが。今は、世界が一体的に。いろ色の事情は抱えつつも、結局同じ恐怖の同時的経験をやらされているという現実は。人類が初めて経験するネット時代の恐怖なのであろう、と思うと。基督教という人間救済の出番であるというのは、間違いのない僕の意識なのである。と、確信している。が、なにせどうも。秦剛平さんで、聖書というのは。新約聖書であれ旧約聖書であれ。いろいろ面倒な問題が、今もあって。考古学が一層精緻を加えると加えるだけ、聖書の欠点も深く見え出るので。(ここのところ朝の救急車のサイレンがけたたましいが、今もする)。ここらで、一層のこと。「基督教的世界観と哲学的世界観」という本に、読みを切り替え。昨日、じっくりとアンデンドゥで読書をしてみたが。確かに、小池都知事の緊急性がアナウンスされている影響で。アンデンドゥにも緊張感が漂い。いつもここのところ、椅子席の読書人が多かったのであるが。誰も今日は利用しておらず、ここの区で。商店街チケットの割引切符が発行されたらしく。若い女性が黙々と並んでそれでパンを買っておられ。知り合いの責任者の方も、やはり。どこか緊張していて。もっともであると思いつつ。1934年(昭和九年)に発行された、シュタンゲの本を。読みながら、なるほどドイツ人神学者はここまで当時緊張して。世界を描いていたのか、それもキリスト教を哲学し。世界の人々に、人類存在の。デリカシーを語っていたということを知り。僕らの様な、戦後クリスチャンが。決して納得しなかったその本からの、戦後思想の特殊性を割引いても。彼の書いたキリスト教的世界理解に、高いものを感じ。家に帰る準備をしたのである。が、梅雨の季節は明けた様だが。どうもさっぱりとした、夏らしい華やかさがないのは仕方がない、仕儀であるかと思いつつ。若い時には、毎年行っていた江の島散歩を夢に描いて。新生活には慣れない古い自分の、古い哲学は明日。ご披露したいと思いつつ。現代の画家筒井友美が描いた(下に動画やHPがある)「帰る場所」の。深層心理学的な作品を鑑賞する、朝として。流石に雨は去ったのであるか、と思える朝となったのはまことに慶賀と言うべきであろう。

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 筒井友美・「帰る場所」

 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 筒井友美ホームページ https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

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下は僕の「アジェのパリの街」油絵。

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