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2023.09.27

カルヴァンの「キリスト教綱要」研究で、僕の老人神学を書く

「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」とマックス・ウェバーをもとに書く

 

2024/02/23

 

僕は、「空飛ぶタイヤ」池井戸潤著(講談社文庫)を読みながら、池井戸さんが慶應大学・文学部出身であるということに着目している。

 

ともかくすごい、という言葉に尽きるのは、僕もある大学の文学部出身で、恐ろしくキリスト教的人間だとわかる。

彼などはそれで、本当の文学を書くことができない自分を発見させられる。僕はキリスト教に影響されているので、裸の人間が描けない。もっといえば、裸の日本人を描けないのである。

 

で、この池井戸さんの本も、慶應大学経済学部出身の、ある秀才に紹介してもらったもので、上下きっちりと読み終わってから、感想を言いながらコーヒーでも飲もうと思い、今も懸命に下巻を読んでいる。

 

 

 

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82の僕が書くと、恐ろしく難しいことを書くような気がする。

自分でも嫌になるが、八十二なので現代むきの面白いことなど、書けないし書く気もない。

 

誰も読まないこのブログを、またワザワザ書くのも馬鹿げているが、ブログなどネット上で無数にある。

それで、ネット屋さんが儲かるだけで、僕の収入にはならないのは、いうまでもない。それを承知で書くと。そこでここで僕は結局、キリスト教の救いを描くしかない。ずいぶんと希望のない救いで、一種の虚無主義である。これが解脱なのであろう。

 

キリスト教の救いは本来無料の救いである。

神は自分が与える救いに、料金を要求しない。

 

料金を要求するのは、その設備を整える「教会」である。但し、無料ほど怖いものもない。結局、そこで大層な教会堂をまず建設し、それで人に経費を要求する。それが、「献金」である。とは、若い時にはわからなかった。

 

などと書くとしらけるので、八十二歳の僕は結局引退しかない。単なる余計者のクリスチャンである、としかいえない今の僕である。多分、あくどく長く稼いだ統一教会も、解散命令が出ることだろうと期待している。慶賀。

 

 

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祖父ネットを今朝も書く気になったのは、池井戸潤さんの「空飛ぶタイヤ」(講談社文庫・2017年)と、神学者ブルンナーの「我等の信仰」(1958年・新教出版社)をあわせ読むからで、こんな読み方をするのは83の僕だけで、何の役にも立たない、と思う。

 

池井戸さんは1963年生まれ、僕が10年学校明治学院で大体、大学三年生の頃に生まれた人。池井戸さんの小説「空飛ぶタイヤ」は名作である。映画にもなった。

 

この本、僕の古い友人で、慶應大学や青山学院で学生時代を過ごした人が、僕にわざわざくれた本である。僕は長く手付かずで読めなかったが、女房がさっと読んで面白かったというので、僕も読み始めた。

 

少し読んで、要するに、ある日本の大企業中の大企業の系列自動車会社の、ある時代の苦悩を描いた実話に僕は思える。

銀行が、200億円の追加融資を行うか否か、という場面を読んでいる(上の中頃)。

 

あの頃の日本経済の状況は、いろいろあるが、一方で僕と同い年とも言える、あのダイソーの創業者も最近なくなるなど、ともかく僕らの時代は「すごい戦後」だった。ダイソーの創業者もあれで、中央大学の理工学部土木工学科の出身で(Wiki情報)、すごい人だが、僕より二年歳下だと新聞で知った。

 

など、普通の日本人がブルンナーなど勉強していないのに、僕は今も座右の銘として、ブルンナーに人生を任せている。

読む箇所はその本の31章、「未来」である。が、ここに描いても意味がないので書かない。

 

 

 

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ミッションスクール10年学校の、高校の頃の教科書が「我等の信仰」(新教出版社・1958年・昭和33年・豊沢登訳)である。

 

書いたのは、ブルンナーというスイスの神学者。82歳の今も持っていて、時々読むが実に難しい。が、その中でも、最も難しいのは32章「未来」である。

 

ブルンナーという神学者は、今でこそ影が薄いが当時は世界的神学者。

 

それが未来を描くから、凄く難しいことを書いていると思う。

あの時、若い僕らの生きた世界は、戦争(第二次世界大戦)の悪で汚れ切って、どうしても未来にしか希望が持てなかった。そんな時代である。

幸いに若い僕はそんな時代に、ブルンナー神学を読んで青年期を乗り切った。しかし、老人になって、本当に今度は、自己の未来を失う時に読むと、一段とその凄さがわかる、と書いて今日は終わりたい。

 

 

 

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先日、首切り役人「山田浅右衛門」の墓のある祥雲寺(池袋)を描いた。

 

そこで、山田浅右衛門斬日譚「絆」(鳥羽亮、幻冬文庫・平成21年)を買ってきて読んでいる。滅多に読まない本であるが、縁である。

 

但し、78ページまで読んで、気の弱い僕は一旦中止の休憩である。とても凄くて凄くて読めない。

鳥羽さんの、短く、くどくど書かない文章は、まるで名刀の切れ味の如く身に迫ってくる。

 

キリスト教の愛の本ばかり読む僕には、最近にないショック。

 

文学とは、こんなこともできるのか。

それなら、聖書もあながち嘘ではないと、思おうから僕も幸せ者である。

 

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結局こんなことを書きながら、池袋の「寺街」を散歩した。

 

で、日本の古い伝統的寺院を中心にした、日本人の、僕の長年の感じ方に僕自身違和感を感じた。

 

そこで、徳川末期とはいえ、明治維新の前に、単独でキリスト教と接触した「新島襄」を、もう一度深く研究してみたくなった。自分ではかなり研究したつもりであったが、どうしても違和感が残る。要は、僕のその感じ方が、キリスト教に偏りすぎていたと思う。

 

池袋の寺街散歩は、僕を江戸時代に着実に導いてくれた。キリスト教に偏りすぎる僕が、ショックだったのは祥雲寺である。そこには江戸時代の首切り役人と言われる、山田浅右衛門代々の墓がある。その歴史をネットで読ん、僕は急に江戸時代の厳しい現実と向かい合った。

 

要するに、山田浅右衛門一族が、代々切った夥しい罪人の中に必ず、禁教キリスト教信者がいたはずだと、推定した。江戸時代の日本文化の華には及ぶべくもない、当時の些細なキリスト教で、とても日本史は語れないと僕は反省している。

 

僕はすでに82歳、いい歳をして、やっと江戸時代や日本文化を語れるとほくそ笑んでいる。

 

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腹の底から笑いたくなるが、2003年度第十二回山本七平賞受賞作「マックスウェーバーの犯罪」(ミネルヴァ書房・2002・羽入辰郎著)が面白くなるとは、僕も腹の底から笑いたくなる現象である。

 

説明はしたくないが、要するにやっと読めるようになった本で、実に面白い。82の僕にもやっと、春が来たのだと思ったので、今朝はこれを書いて終わりたい。実に真面目で素晴らしい本である。

 

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大オーケストラの指揮者、小澤征爾さんに死なれてみるとやはり、ウィーンの旅を思い出す。

 

若い時、夫婦でそこを旅した、いい思い出である。

 

ある日、「ヴェートーヴェンの森」を彷徨っていた時、日本の音大生の団体に出会った。僕らはその森に、何の深い知識も持たなかったから、ズースーしく付いていった。当然、引率する先生の説明がある。僕らもそれを聞き聞き、結局、ヴェートーヴェン家に着いた。

 

ヴェートーヴェンが生きた家はまことに小さく、暖房費の節約で極端い小さく作られ、要するに小人の国の家である。大ベートーベンの家とはとても思えないものだった。

 

いつの間にか、僕らは音大生の団体にはぐれ。

仕方なくその森をさらに彷徨い、やっと見つけた市電に乗って、自分の、市内にあるホテルまで戻った。

 

小沢さんと僕は、それほど歳の違いはないが、今朝新聞で知った大指揮者の死はやはりまことに悲しい。

イカラテン語翻訳で、馬鹿げているが。

 

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今朝の毎日新聞トップ、「韓国の消滅」。

 

ショック。

 

宜なるかな。元々あそこに「朝鮮」はあったが、韓国は最近である。

朝鮮とは、朝爽やかと言う意味、こちらの方が歴史が古い。などと言っては、怒られるかもしれないが、人のせいにするのが韓国のお国事情である。

それでは、いつまで経っても国は継続しない。その歴史は悲惨で、荒らされっぱなしのお国事情などと、今更言うまでもない。

もちろん他人事ではないが、もっともな理由をつけても解決は無理。

褌を締め直しもう一度、国際社会で生き残る方策を考えるべし。

日本は、これであれだけの戦争をした国。いい悪いは別にして、その潜在力はいったいどこからきているのか。要は、韓国が民族主義を忘れ、キリスト教をやり過ぎたのである。

 

キリスト教は結局、国際主義である。ここを忘れてそれと取り組むと自己喪失する。

 

韓国の失敗はキリスト教受容の失敗であると、僕は思う。キリスト教は非国境主義で恐ろしい宗教。その中心に人間愛をすえる、本物の救い主である、ととりあえず書いておく。

 

人間ヨーロッパはこれで苦しんだとわかる必要が、ある。言うまでもなく元々そこは戦争のるつぼ。今も盛んにウクライナでやっているではないか。

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「桐島聡」名乗った男の遺体を火葬 遺族は引き取りを拒否。

桐島は僕と同じ明治学院なので、少しは同情してで転載する。但し、僕は10年組、彼は大学の中退らしい。

キリスト教は簡単ではないと思う。

朝日新聞デジタル

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 神奈川県鎌倉市は7日、1974、75年に起きた連続企業爆破事件で指名手配された桐島聡容疑者(70)を名乗った男=1月29日に死亡=の遺体を県警藤沢署から引き渡され、同県逗子市内の火葬場で火葬した。


 

 

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教文館ビル

1933(昭和8)年

設計 : A.レーモンド

施工 : 清水組

東京都中央区銀座4-5-1

撮影 : 2013.12.8

教文館ビル

1933(昭和8)年

設計 : A.レーモンド

施工 : 清水組

 

建築設計は社会に対し、大いに責任がある。

 

特に日本の近代建築家群像をヴォーリズ、ライト、レーモンド、西村伊作、坂倉準三などと並べてみると、今更ながら恐ろしくなる。

 

僕もやっとこの頃、長く関心を寄せたこの問題の決着を書ける、かなと言うところまできた。

僕の老人神学も、僕らしく描けるようになったので、僕の中に眠っていた膨大な建築設計情報が、突然この頃頭に浮かぶのだから仕方がない。

 

この文章の冒頭に書いた教文館ビルは、銀座通りに今もあるキリスト教書店で、銀座四丁目交差点に近い。

 

この設計が、真のクリスチャンと言われるのレーモンドで、帝国ホテルの設計者はライトで、彼は実はクリスチャンらしいキリスト教徒で、真のクリスチャンではないと僕が書くのだから。

 

やはり僕のキリスト教も、やっとこの歳で真に達し始めたわけである。

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僕は昨日、昔の仁科研(仁科芳雄研究室・今は記念館)の前を通った。

 

駒込にちょっとした用があり、帰路回り道をし、そこだけは意識してその前を通った。駒込は僕の成長した故郷で、その仁科研のごく近くが僕の実家。保阪正康(ワープロでピッしゃと出ない)は僕より二つ歳上で、まさに84歳。1939年生まれの人である。

 

太平洋戦争より2年前、僕は1941年太平洋戦争開始時期の生まれ。

この2年間の差は実に大きいと思う。

彼は、彼の主著「日本の原爆・その開発と挫折の道程」(新潮社・2012)で、日本の敗戦まじか、日本軍が負けを意識し大量兵器(原爆製造・アメリカは成功している)に本格的に頼ろうと、そこで(仁科研)開発を急がせる場面が圧巻である。

 

その本の震源地のそこは、今や僕の故郷。

今更何をか言わんや、僕は巣鴨のBECK’S COFFE SHOP でコヒーを飲んで家に帰った。

これは、別に意識したわけではない、単なる老人散歩である。

ところで改めて、核兵器不拡散条約(以下、「NPT」という。) において「核兵器国」とさ れ核兵器保有が認められている国①は、米国、ロシア、イギリス、フラ ンス、中国です。 それ以外に(NPTの枠外で)核兵器を保有している②のがイ ンド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮です。(ネット転載)

 

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カルヴィニストだと、自分がわかった82歳の僕は今朝のことに過ぎない。と、書いて僕のような老人が、やっとこさっとこ「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」マックス・ウィバー著、大塚久雄訳に関心し、納得したのは、今朝に過ぎない。

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僕は今まで、メンソレータム(現在のメンタム)の創業者ヴォーリズと、明治学院の創立者ヘボンとの関係に思い至ったことは一度もなかった。

 

これは驚くべきことで、僕のように昭和16年・1941年の日米戦(太平洋戦争)の、たった1ヶ月前に生まれたものは、戦後の日米関係が歪んで見えることもなかった。それは歴史的事実であって、決して虚実では計れない、日本史の事実なのである。

但し、日米関係のごく初めでは、明治維新前の日本にヘボンが現れ、明治38年ヴォーリズが日本に出現したから、この二人の出現が、実は非常に多きな意味で重なりあい、僕らの日本史を形成したと今朝気がついた。

 

この瞬間の直感は僕を慌てさせた。

 

そこで、僕は今後最後の書きとして、これを毎朝書くことになろうと僕自身を励ましている。

 

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まず「キリスト教綱要」(カルヴァン著)を書く

 

老人の切迫神学」を書く予定としての、キリスト教綱要がやっと読めるようになった。実に人生の書である。

 

 

過ぎた人生時間を考えていると、生きてきた、その生命の膨大さに今更ながら驚かざるを得ない。

 

特に個人の思い出でしかないものであるとしても、それを説明できないのはもちろん、僕はその時間の銀行は、神にこそあるという考え方である。言うまでもなく、キリスト教の神であるが。

 

生まれて今82歳に至る、本当の人生時間はしかしこれからが本番。

 

自分の中にある時間は、今まさに徐々に脳内で消えつつある。こんな時、僕はこうやって祖父ネットを書くが、消えたと思われる時間こそ、神にそれはあると考えるのは、この歳になると他に方法もないからで、僕には妥当であると思える。

 

いうまでもなく、この方法は科学的に何の根拠もない。しかし、神という概念を使えば、少しはそれがゼロではないということ、いや全時間はここにあると、神は言うのではないかと、最近思うのである。

 

 

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僕の若い時・狭山湖で

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まさにさらに老人神学を書く。

 

1905(明治38)~ 1997.3.6(平成9)に生きた、

昭和・平成期の宗教学者、哲学者は宮本武之助である。下の記載は彼のWikipediaからで、僕の師の山永武雄の同労者である。僕はこのあありからキリスト教徒で、今もキリスト教徒だが82歳。とんでもない老人で、何の魅力もない。まして宮本武之助など知る人は誰もいないし、まして「山永武雄」など誰がしろう。その宮本の埋葬場所が下記の通りとwikiにあるから書き始めると。

 

埋葬場所: 11区 1種 16側 17番

(信濃町教会員墓)

 宮城県仙台出身。弟は東京女子大学教授や宗教部長を務めた宮本信之助。
 東京帝国大学哲学科卒業。高倉徳太郎(同墓)が牧した信濃町教会の会員で、高倉が校長をしていた日本神学校で宗教哲学を教えた。以来、東京神学大学で長く宗教哲学を講じた。後に第6代 東京神学大学理事長に就任した。
 '42、'43 戦時中のYMCAの学生たちの夏季学校に聖書研究の講師を務める。'46 戦後間もない時期に東山荘で開催された「全国学生基督者協議会」(第55回夏季学校)でも聖書研究を担当した。'47 東山荘で毎年春秋2回主事養成講習会が開かれるようになり、宮本はそのキリスト教科目の講師のひとりとなった。'49 陣容を整えた学生部常務委員会では副委員長に選ばれた(委員長は湯浅八郎)。'53 日本YMCA研究所が設立され研究所委員となり、キリスト教倫理を担当。60年代、70年代の東山荘委員も務めた。
 1969(S44)東京女子大学学長に就任。その後、フェリス女学院院長を歴任した。
 著書は多数あり、『基督教叢書』(1934)、『基督教倫理学の根本問題』(1939)、『宗教哲学』(1942)、『象徴としての哲学』(1948)、『福音の真理:新しき世代のために』(1952)、『現代キリスト教人間像:人間の自己疎外の問題』(1958)、『聖書は何を語るか』(1961)、『大学と人間』(1961)、『波多野精一』(1966)、『宗教哲学の根本問題』(1968)、『聖書のことば』(1977)などがあり、翻訳書も多数刊行している。『宮本武之助著作集(上・下巻)』(1992)にまとめられた。自伝『私のキリスト教』(1983)。「キリスト教と文化」を生涯追究したテーマとして取り組んだ。享年92歳。

<日本YMCA事典>
<著者略歴など>

 

冒頭に書いた山永武雄はWikipediaがあるから何とも言葉がないが、転載する。この人が、僕の師であるなどと言うのは、恐れ多いことだと今更ながら思うのである。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

山永 武雄(やまなが たけお、1903年7月25日 - 1965年9月5日)は、日本基督教団牧師フェリス女学院院長。東京神学大学などで教鞭をとる。

日本基督教団の外にあって改革派教会を名乗る教会は、分派的少数派であると主張して日本キリスト改革派教会の離脱を非難した。[1]

日本キリスト教協議会(NCC)の『キリスト教大事典』(1963年)の「異端」等を執筆。異端の項目ではローマ教会が教皇制度によって一分派となり、彼らがプロテスタントを異端視することによって、ローマ教会が異端的になってしまったのであり、他を異端視することこそ異端的な精神であるとしている。

脚注

  1. ^ 小野静雄著『日本プロテスタント教会史』聖恵授産所出版部

訳書

  • 『キリスト信仰の真理性:附・基督教的神信仰の特質』シュタンゲ著 長崎書店 1937年

参考文献

  • 「白金」日本基督教団白金教会

 

 

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老人神学の精髄は「復活」に他ならないと気づいた。

 

この意識は、あるいは概念構築は言うまでもなく容易ではない。人類に全てが、復活を希求しているわけではない。この世からあるいは人間から去るために自殺する方も多い。しかし、復活によって死は人間の最終手段ではないとするなら、自殺にも多いに問題がある。果たして人間は、人間から逃亡できるのか、これが復活の要点となるのではないか。

 

今日はこれまで、あまりにも恐ろしいので今日はこれまで。

 

 

 

もちろん昨日の祖父ネットのテーマ、「老人神学」を諦めたわけではない。しかし今日は、激変の社会情勢(一月一日能登地震、羽田航空機事故、田中邸消失、ウクライナ・イスラエル戦争など)が忙しいので、目先がコロコロ変わる。とんでもない正月で、老人の僕の心中も穏やかではない。

この頃のテレビの映像は精細で、それらを見るに忍びないのは、僕が画業で眼力が鋭く、この凄惨に耐えられないからである。その中で僕は、僕の一生の画業を仕上げるために、来年の秋銀座で人生最後の個展をする。そこで、真剣に新年早々その制作を始めることにした途端、急に気になったのが銀座出身の片目の女流画家「小嶋久子」である。

 

僕のモチーフが概ね「銀座」で、その銀座一丁目出身の彼女は、頌栄女学校(今の正式名称は頌栄女子学院)の出身である。僕は明治学院の出身で、島崎藤村が先輩である。頌栄と明治学院は地理的にもごく近く、同じミッションスクールでもありキリスト教の仲間である。

 

藤村は彼の私小説「桜の実の熟する時」(岩波文庫)で、頌栄女学院の女生徒と、男子校生徒(当時)明治学院生徒島崎藤村との、ほのかな青春の恋を物語る。

 

と書いて、頌栄女学校の現在のWikipediaを転載したい。

本学院の前身は1884年(明治17年)12月8日に開校した頌栄学校です。この時代はいわゆる明治の開化期で、制度的には女子教育は未整備の時代であって、数少ない女学校の一つとして知られていました。
1920年(大正9年)には高等女学校に昇格し、生徒数も500名、750名と次第に増加しました。1964年(昭和39年)には校名を現在の頌栄女子学院中学校・高等学校に改称し、1994年(平成6年)以降は高等学校の生徒募集を中止して、名実ともに中高一貫の教育体制を確立しました。現在は全校生徒数約1400名に達し、2004年には創立120周年を迎えました。この間、南志賀高原の山荘や軽井沢の学荘など、校外施設もつぎつぎに完成し、さらに1982年(昭和57年)9月には英国に、英国学校法人Winchester Shoei Collegeが開学されました。

 

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世界の歴史 5 <中公文庫 S22-5> 初版

「ギリシアとローマ」

樺山紘一, 礪波護, 山内昌之 編、中央公論新社、2010.4

549p 16cm

978-4-12-205312-0

上の本は古書にも新刊にもない、ギリシャとローマ史で、2010年版。僕が面白がって読むのは1974年版の同名の書物、実に面白い。それは、いいのであるが、古い僕の読む本と最近の表現はどのように変わったかを確認したくなったのが、最近版を調べた。

上の本すら、僕の持つものより新しいが、古書ネットにもない、と知った。多分、書き方として、あるいは時代の変遷で、歴史書きも大いに変わるだろうと言うのが、僕の見通しで。

老人のいささかの僻みなのであろうと、思っている。

 

 

 

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老人神学を書く

 

神学(しんがく、英語:theology、ドイツ語:Theologie、ラテン語:theologia)は、信仰を前提とした上で、をはじめとする宗教概念についての理論的考察を行う学問である。と、Wikipediaにはある。

 

そこで僕は、自分自身が老人であるという事実から、老人神学概論を書いてみたいと思うようになった。もちろんいい加減なもので、ますます祖父ネットは読まれまいと期待しながら書いている。

僕のような老人ブログは、読む人もいないのは当然であるが、まして僕のようにくどい老人のブログ老人は、ごく少数者だと認識した初めての僕の経験で、我ながらびっくりしている。

 

有史以来この世に、「老人神学」など今まで書かれたためしはない。と、思うと気が重くなるが、英語でオールド・セオロジーとすれば「古い神学」になるので、ここは英語で「オールドマン神学」だと主張することから始めたいと思う。

 

いわば人間が神学をするときの最終版であると勝手に思っている。

 

 

 

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ベルン・スイス(宗教改革の国)

 

 

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近くの公園・実写

 

 

 

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スイスアルプスで僕

 

 

 

 

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僕の実写のアイガー・スイス。宿の目の前の山とは、若い時にすごい旅行を僕もしたものだと思う。

 

 

 

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ローマ・油彩・

 

 

 

 

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ローマ・ヴァチカンの回廊。実写。

 

 

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僕の時代の学院長が武藤富男氏

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僕のアトリエの画塾の生徒。

 

 

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僕の油彩・銀山平か越後駒ヶ岳、

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パリで実写したものを帰国後スケッチとした。

 

 

 

 

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僕がやっと手に入れたライカ。

そのライカを僕は無くして、ガックリしていた。

他人にはわからない、僕の宝物だった。

ただしおかげで代わりに買った、僕が今持つソニーカメラの方が優れていると思う。

無くしたおかげで、最高にいいものを手に入れたと思っている。

 

 

 

 

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この本が当時世界でキリスト教界を震撼させた。僕も読んだ。

 

 

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僕のvideoから写真にしたもの。実写。

ウイーンのシュテファン教会、

日本語ではステパノ教会というらしい。

第二次世界大戦の大火災にあったが、復興したとされる。

 

 

 

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石垣島の僕の友人の家にお世話なった時のもの。

 

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僕が好きな作家、故人。

 

 

 

 

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キリスト教に衝撃になったニーチェ。

確かにすごい人である。

待ったの当然のことを、西洋で堂々と発言した勇気の人。

 

 

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僕はこれでも、消えた映画会社「日活」の社員だったことがある。

 

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僕のお世話になった学校は、明治学院。10年通った。

 

 

 

 

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明治学院の先輩小説家。

 

 

 

 

 

 

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僕の個展を設営中の佐々木氏夫妻。

 

 

 

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僕が「示現会」に出品していた頃の会場風景、上野。

 

 

 

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僕の師、山永武雄牧師。僕の先輩でもある。

 

 

 

 

 

 

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この僕の持っていた建築設計の建築家たちの道具類を世界堂に持ち込み、そこにいた画家筒井友美が額装してくださったもの。この作品は、徳が関係している創元設計のどこかに今もあると信じているが、時に全てキャドというおよそ人的製図道具を捨てる時代のものだと、ここで書くことは、やはり時代なのだと思う。

 

 

 

 

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マイヨール・実写・ウイーン。

 

 

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僕の個展・銀座ギャラリー惣。

 

 

 

 

 

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僕のスケッチ。パステル。

 

 

 

 

 

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僕の絵・80号油彩。

 

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ヴェニス・水彩。

 

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この2枚のローマの門は、上が僕の実写。下の水彩画が、明治学院の先輩画家三宅克己のもの。

 

 

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僕の描いた浅間山。油彩100号。

 

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