2009.04.18

8-91 池田満寿夫さんを読む

熱海に小旅行を試みた。ついでに「池田満寿夫さんの家」を訪ねた。

といっても「さん」付にするほど親しい訳ではない。それに少し年上の人ですでにこの世にいない人である。画家池田満寿夫と言われたり、版画家や小説家、あるいはエロ事師などと言う人もいたのではないか。そこは美術館でかつての彼の住まいとアトリエである。そこで彼は死んだ、63歳だった。

熱海駅に近いので時間のある人は訪ねるといい。彼の精神は清新で高いのであり、社会はある程度嫉妬と羨望を彼に投げかけた。あまりにも絵がうまく、日本のピカソと言われていたが、彼はピカソを師とすると公言していた。まねておそれず、ピカソの絵をこよなく愛していた。そこで本を買った。「美の値段」という本である。今盛んに読んでいる。

絵の値段の裏話であるが、真実をつく。私もプロの絵の世界を若いときに覗いてみていた。その後離れて少しは楽な道を選んだ。どのみちも所詮苦しいのであるが、リックサックの中身は絵の方が重い。絵画の世界のつらさは実用と関係がないことである。実用と関係のない世界で、実用的な生活を送ろうとすればそれは苦しいに決まっている。

宗教もそういったところが似ていて、ある意味では絵画より厳しいのは言うまでもない。

池田さんが世界的に有名になり、日本でも遅まきながら認めざるを得なかった。渋々絵画界は彼の才能を認めたのである。先ず世界が彼を認め、その次に自国民に認められた。どちらにしても素晴らしいものは、素晴らしい。彼のよいところは精神の自由に挑戦したところである。絵とエロは彼の道具であって、小説も書いた。たちまち芥川賞を取って世間を驚かせた。それで映画も作り監督として辣腕をふるった。

疲れたとき彼の絵を観ているといい。精神の自由とは何かが分かるはずである。池田よりピカソがもっといいのは、ピカソがその道を開いたからである。あらゆる抽象画は20世紀の厳しい現実から人間の精神を解き放った。

今は21世紀、何か創造的な絵画が生まれる時でなくてはならない。みんな必死で努力中である。

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2009.04.11

8-87 アーティストのたたかい

公募絵画展、第62回示現会の開催中である。13日まで。

何人かの知り合いが、国立新美術館に足を運んでくれたようだ。そんな中、祖父ネットはアート最前線を経験しようとトミオ コヤマ アートギャラリーを覗いてみた。小山ギャラリーは画商最前線である。NHKでも取り上げられたが、機会がなく今度が初めて。機会とは、ギャラリーがボランティアを募集していたからである。どうせ飾り付けの手伝いかなにか、かと。

ボランティアの中身は書かない。

終わって半蔵門線清澄白河駅から渋谷に出、副都心線に乗って帰った。ただ、それだけであるが、そのとき行き交う人々が不思議と奴隷に見えた。雑踏の中に不機嫌そうに動き回って、何かに憑かれたように、すさまじく動き回っている人々。

アーティストとはウイーンの「ジェラティン」。ネットで検索可能だ。作品の一部をそこから引いて貼付けておきたい。テーマは言われているわけではないが、あのとき開放された私の精神が見た光景が、奴隷の光景である。Gpa0902s
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2009.04.02

8-82 国立新美術館示現会展で

昭和23年から始まった示現会展も62回目となった。

入選し第7室目に飾られたのであるが、少し驚いた。ずっと絵は描いていたが、老人の自分を励ますために公募展に再挑戦していたのである。若い時はまさに挑戦、30歳まで頑張りすぎてお金を使い果たした。生活者に目覚めて、公募展から引き上げた。それまで4回入選した。1回は自由美術展、3回は示現会展である。

絵はつらい作業である。しかし、その魅力は大きい。最近「岸田劉生」を調べている。昔、子供の頃に世話になった床屋さんのご主人が劉生好きで、店に飾ってあった。勿論印刷物であるが。それにしても、理由が分からない。そこに修行に来ていた中村さんが、絵を描きたいと言って飛び出してしまった。お前の所為だと、ご主人に怒られた経験がある。その彼も、今や勝浦で立派な床屋さんだ。絵は相変わらず描いているらしいが。なぜ勝浦の立派な自然を描かないのか、さっぱり分からない。彼は人間を描く。

それにしても7室というのはよろしくない。なにせ30年も空けてしまったから、あまり高い位置では恥ずかしいのである。興奮したので早々に外に出、コーヒーを飲みながら気を鎮めた。その足で出品者懇親会に出席した。有楽町の東京会館である。その前少し時間があるので、近くの画廊を覗いた。いい具合にユトリロが一枚あった。近くでつくずく眺めたのであるが、おかしな画家である。

この人は本当の画家である、と思い込んでいる。ともかく常識では考えれない線と面である。自分であれば完全にしっかりと描く手すりの一つ一つなど、実に無造作である。しっかり描こうという意識すら感じない。そういった絵であることは、よく知られているが、これがいい、のであるが。いわば納豆の味のようなもので、始めに食べる外人は顔をしかめるが、その内にうまいと言い出す、あれである。

懇親会は500人ほど集まる。大げさに言えば全国から絵好きが集まるのである。ここ三回ほど出席しているから、立食の食べ方も少し慣れた。始めの頃はあっという間に食卓は食べ尽くされるから、今はなるべくすいているところを狙って、さっさとおなかを満たす。あとは、服装顔つき態度物腰を観察するのである。

絵好きの大集団など滅多に見られるものではない。女はいい尻をしているし、男はなかなかくせ者が多い。

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2008.03.28

6-58 はるをまちつつ

前略

あたたかき春となりました。みなさまにはいかがおすごしでございましょうか。

さて小生おかげさまで、第61回示現会公募展に「トルギルの港」が入選いたしました(通算で5回です)

お時間があれば、散歩がてらおはこびくださればと思い、おてがみいたしました。こころからみなさまのご健勝をおいのりいたします。

草々

  場所:国立新美術館 lovely

  期間:4/2~4/14まで

  祖父ネット 杉山勝己 謹告

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2008.03.25

6-57 はるをまちつつ

雨の中を新宿の映画館にいった。

ネットでは伊勢丹のわきにある、というのに近づいても一向にわからない。二度ほど聞いてやっとたどりついたのが開演時間ぎりぎり。時間交代制指定席制で平日の雨午前の部、という不利な条件にしてはほぼ満員であった。

見渡せば同年輩の老人がいっぱいいる。たぶん元警察官、裁判所関係者、運動家,思想家、理屈屋、研究者など、それに捜査中の警察官など、が観客であろうと想像した。

流れはよくわかった。

1960年代、1970年代に起こった重大な社会的事件をかいたものである。一時間ほど過ぎ、①長い事件の一連の関係がわかったこと(上映時間は3時間半)、②あまりに悲惨な場面の続出をみるにたえず、帰ることにした。

途中で席を立ったのはわたしだけだろうか。

帰りに中村屋により、遅い昼食のカレーライスを食べた。食べながらカトリックの神父カンドウさんの随筆を思い出した(祖父ネット6-55)。すなわち『「目的は手段を正当化する」と称する者に対して「正当な目的は手段を正当化する」と主張するほど教会はあまりに常識的なのである』を。

では「正当な目的」とは、なんなのか。無神論的共産主義か有神論的自由主義か。実は往路の電車の広告で「共産党党首共産党宣言」週刊朝日、を横目でみていたのである。

映画の題名は「実録、連合赤軍あさま山荘への道程(みち)(写真)、である。カンドウさんは戦後の日本やヨーロッパの人々に、無神論の怖さを語っていたのであるが。

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6-56 はるをまちつつ

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「はるをまちつつ」などとのんきなことを言っているうちに、ほんとうのはるになってしまった。

一通の手紙をうけとった。第47回現代工芸美術展の招待状である(写真)。送ってくれた人は堀久代さん、若いときからの知り合いである。はるかむかし、あるとき仕事で平塚にいった。先方の都合で時間ができたので、街をぶらぶらして時間をすごしていたとき、フト目に入った七宝店がある。そこで一生懸命制作している人がいる。ドアの外から始めはのぞいていたが、恐る恐るなかに入った。

「いいですか」「どうぞー」

模造紙二枚ほどの大きさのものに、一生懸命なにか描いている。よくみると街中のビル群である。当時は建築設計会社にいたから、やはり目に入ったのである。七宝というのはそれまで、ごく小さな装飾品ということしか頭になかった。だから、まさかこれほど大きなものであるとは思わなかった。

「なににするのですか」「七宝の作品に」「ええええ」「こんなにでかいものをですか」「ええ、お金がかかって」といって、彼女はため息をついていた。

それから自分の仕事で何回か平塚にいった。たびに、堀さんの仕事場をのぞいたが、彼女がいないときもある。そこで、すぐ目の前にある洋菓子屋さんに、彼女が帰ってきたらコーヒーとケーキを届けてくれるように頼んで帰った。

その彼女がいまや、押しも押されもしない日展の会員となり、日本現代工芸美術展の重鎮となった。その招待状である。

ぜひ祖父ネットファンにもご高覧をお願いするしだい。

happy01期限 3・26~4・4

  場所 東京都立美術館

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2008.02.29

6-51 平和台のコーヒー店「トトカッフェ」から

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「文芸春秋」をひさしぶりに覗いた。

三浦事件は二十数年をへて、いままた眼前に話題を提供している。あのときを26年前だとすれば、自分が40歳のころの話である。はたらきざかりか、といまさらながらおもう。そうだったのか、と。

あの日あの事件のとき、週刊文春はあっというまにうりきれたものである。それも毎週そんな調子であった。

と、そんな頭でその親分ともいうべき「文芸春秋」を覗いたのが、平和台のコーヒーショップである。用事を終わって帰り道に気になってはいった。気になったのは、あまりにもいいデザインであったからである。さっぱりと、てらいがなく、清潔でモダンだ。そんなたたずまいが、私たち夫婦をまねきいれた。

若い経営者が、壁は自分でぬったといい、22日に開店したばかりだという。そんなはりきりようが、また新鮮でなんともいえない。店のおくの静かな場所を思い定めて、ゆっくりと周囲をながめてみた。注文をとりにきた美しい人をみながら、フト窓辺のカウンターが目に入った。

「文芸春秋」だ。

死んだオヤジも好きで、私もよく読んだ。しかし、会社を辞めてからは、トンとご無沙汰である。手にとってみると、芥川賞「乳と卵」である。「父と乱」でないところが、なんとなく新鮮である。

食事の後、ゆっくりと読んでみた。む、む、むーーーーー。ともかく難解。どう見ても「父と乱」の時代人には縁遠く思えた。と、こ、ろ、が、である。読みすすむにつれて、さすが芥川賞。選考委員の最年少が小川洋子さん、あの「博士の愛した数式」のひとであるという。すばらしい。

小説は「論理と感情」、この文学の絶対的な壁を見事に打ち破っている。男は論理が先行する、同じように女は感情が先行する、というこの人類の欠点を、小説は見事に打ち破っている。ぐちゃぐちゃと女らしい生理をかきまぜながら、グーッと論理にカーブを切る作者の見事な手法には、脱帽せざるをえない。

いい喫茶店だ、たぶん美しい女経営者は、小説のファンなのであろう。「向田邦子」もおいてある。向田はわがかみさんの先輩である。墓参りもしたことがある。それを言ったら、つれの大和なでしこは、てれていたのであるが。

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2008.02.25

6-48 カンドウさんの随筆

カンドウさんの随筆をまいあさ読んでいると、つい自分もマネをしたくなる。

むかし父は本が好きで、本屋さんでかけてくれるカバー(日本橋紀伊国屋がおおかった)を、仕事のメモ代わりに使っていたほどである。ところがあんなに本があったのに、その本を読んでいる父を見たことがない。これはわたしの人生の七不思議のひとつである。

その本をわけもわからずに、わたしが拾い読みしていたのであるが、ほとんどは随筆であった。中学生のとき、それに影響を受けて、なにかと雑文を書いたが、ものにならなかった。

それがふとしたきっかけで、カンドウさんを読むことになった。あまりに面白いので、まねをしたくなったのである。

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