キリスト教

永遠の生命論に向けて

2019.07.22

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十六)

で、この話は一層ややこしくなるのは、止むを得ない。書いているテーマが、「永遠」であるからだ。この永遠は、人類普遍のものでなければ意味もなく、価値もないが。キリスト教は、これを普遍といって、イエスの言葉は、神の言葉として、神が人間のために、自らを受肉させ、この世の苦しみを経験して、言葉を与え。その「言葉」(神学的には啓示という)を信じて人間は救われるのである、という聖書に書いてあることを。後に続いた人々が、神学として(言葉としてさらに概念化し)、人類普遍の救済として宣教してきた、というキリスト教史の。基本と接触することになる。から、ややこしいのである。問題は、一地域、一民族、一定時間の問題、ではなく。あらゆる世界の隅々にいる人々にまで、関係する、からややこしい神学となり。当然、人間的欠点は聖書にある通り、人間には数限りない罪(神を裏切ったという原罪を背負い)という、欠点を背負っていると、書かれていて。それが、またよく正確で。呆れるほど当たっているので。あるし、今も相変わらずで、人間のあるところ必ず存在する、罪の現実、として。あまりにも毎日、事件として。あるいは国際紛争として、あるいは身辺的にある貧困や差別や、ミスや怠惰や飲酒や放縦として、日々。我々人類は経験している、と言い続けたキリスト教は。自分の神学においても、同じ神学者が人として、罪を犯しつつ。それを修正し修正し。さらに修正しなければすまない、新たな罪の中を、生きている。と、ブルンナーは解釈しているのである。から話は、明るくない。で、僕は、スイス神学が、これほど我々の近くあり、彼らさえ。いや、彼らこそ。いや彼らも。人間の罪やくるしみ、を、同じ信者の罪苦を苦しみ、その現実をほとほと、嫌になっていたのだ。などと、考えたことは、今まで一度たりともなかったのである。で、僕は明治学院の創業者ヘボンの経歴を読みなをしている。それによると、彼は明確なカルヴァン派(カルヴィニスト)であって、その信仰的肉的信仰継承は、徹底的にカルヴァン派であった、と著者高谷道男さんは書いている、ということに感動した。僕が、高谷さんの本を渡されたのが、明治学院中学生の時で、今も手元にあるが。僕は初めて、高谷さんがこれでわかったのである。僕は、突然。スイスのジュネーヴで、歴史美術館に行った時、見つけた。ヘンリー・ムーアの見事な抽象彫刻を。図らずも、撮影していたことを思い出し。て。僕は、それを自分の撮影したものの中に発見し。あのくどいキリスト教史の中に生きた(イギリス人)芸術家の。人間の肉体を、あそこまでデフォルメする、彼の芸術的スタミナの高さ、真実を追う芸術家精神に、キリスト教のあの深い歴史の傷あとが刻まれているのだと、気づいたのである。スイスは、それを。美術館の前庭に置いて、日々人々の鑑賞に任せ。たとは、とは。キリスト教ヨーロッパは、すごい、ですね。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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下の写真が、スイスジュネーヴの美術史美術館の前庭。写真では、左隅にヘンリー・ムーアーが写っている。実物を目の前にしていたが、写真を撮る気が無く、ただこの写真では、木陰がいいフォルムだったので撮影したと思う。もし意識していたら、もっとセンターに寄せたと思う。ただ、この彫刻家には思い出があり、当然若い時。絵を勉強中に見て、本当にショックを受けた。あの頃は日本では岡本太郎で。太郎もすごいと思ったが、とてもムーアーには及ばないと思った。が。その深い意味は、全くわからないまま、その形だけにとらわれていた、に過ぎない。今も、本当に、新鮮だと思えるのは、深い芸術家の感覚は、キリスト教ヨーロッパと切り離せないと、思い至ったからであろう。上にある、日本の画家筒井友美の、あきれるばかりの「帰る場所」と、いい勝負だと、思うのは私ばかりではないと、思う。下の写真は、パソコンの大画面にすると、よく写っていることが、わかる。もちろんムーアーは、Wikipediaにも詳しい世界的彫刻家である。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十五)

気を取りなをして、書くことにした。新聞は相変わらずの自公で、まず治ったと書いて改憲に届かず。だから、左の僕は、護憲派なので、こんなものか。確かに、社会主義は世界で、さんざん多くの失敗をしたが。こうまで、西側で信用がなくなるとは、僕の人生で。僕の左側選択で、なんとも。誇るべきことで、僕は。決して自分の都合だけで投票したわけではない、といっていいのかな。であるが、左は未だ中国にあり、建前左翼なら、まだまだ世界にはいっぱいある。この現象を、どう解釈するのか、歴史哲学は出動できるのか。僕は、興味がある。それにしても、全く先が読めない、世界になったのは、初めから分かっていることで。これがわかるぐらいなら、誰も苦労はしない。アニメの世界に火をつけた短絡人は、結局三十四人もの大量死者を作り上げたが。彼のようにまさに、殺人という動機と、その結果が全く予想もつかない、男の生き様とは、一体何なのか興味がある。テロでもなし、政治的動機もなし、単に自分の思い込みが実現できないから、といって。火をつけて。犯人も想像できないような大火災が発生したのは、建築基準法の不備にすぎない。オフィスを格好良く、開放型にするのはいいとして、防火区画もせずに、解放するのはザル法と言わざるを得ない。だから、何事も自分の行動とその結果を、結びつけることのできない「愚か者」社会を。創造してしまう、人間なのである。彼の子供の頃の純真な、馬鹿げた金持ちになりたい、などという非道徳的な意識は。一体誰に教えてもらったものか。その簡単ではない目標は、世界の誰しもが。自由主義の下で、いかに大変なことであることかと、いうことぐらい。教育できない、現代の自由主義教育は。単なる勝手主義にすぎないではないか。といって、教育を非難しても。その子供が。その目標を持ってはならないなどとは、言えないだろう。ともあれ、目標とその結果を、正確に測ることなど、できないと、思う。キリスト教とて同じで、イエスの「愛の宗教」は、結局踏みにじられながら。も、前に進んで。みても結局、ローマ帝国という、大政治組織にのみこまれ、大発展したがゆえに。大いにその、原初の精神は歪められ通しで今に、至ったのである。が。それを、修正し、修正しさらに大修正し。た、神学者の努力は、ヨーロッパ神学の実に、真剣な営為だったと、僕は最近、知った。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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これが、ウィーンのカールス教会とか言った、宗教改革後に、カトリックがこれでもか、、と言って作ったと言われるバロック式教会建築。実際見たのであるが、なるほど。これかーー。と思う。すごい。見たとき内部は、工事中で、ヴィデオで残っている。ショートカットが、いまいちうまくいかないので、なかなかお見せできないが。なんとか、お見せしたいものである。くどいけど、すごいよー〜ー。簡素なプロテスタント教会は、これを現象として嫌い、より原点に戻るべく神学を考えた。

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この下は、豪華な感じがよく出ている。色も鮮やか。この教会の祭壇は、本家ヴァチカンの祭壇を、一層くどくしたようなもので。こう言った祭壇で、人々の関心を集めてしまったので、キリスト教はさらに外形的な形式化、形骸化が一段と進んでしまう。のであるが。この発生と発展には、一概に表現できないキリスト教神学の、伝え得ないもどかしさも表現されている、と、考えるのが現代的解釈である。神の言葉(聖書)、だけが頼りのキリスト教の宣教的苦悩(神の人類へのメッセージを伝える人間の)は、今も継続してやまない。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十四)

選挙には行きましたか。行かないで、祖父ネットを読んでしまいましたか。僕は、行きました。選挙の帰り。近所の、店を閉める生協の方々にご挨拶をして、感謝して頭を下げ、長いこと。それこそ顔馴染みの人と、寂しい別れをしました。約20年、僕ら夫婦は会員で、本当にお世話になったのです。寂しいですね。選挙は僕は、立ち位置を左。と、決めたのは若い時で。それを堅持して、唯物論の共産党だけは避けていました。左翼は世界中で崩壊したように見えますが、僕はそれでも。いつも左にいることを、心がけているのです。左の中で、右に行ったり左に行ったり、共産党だけには行かない。というのが、僕の政治的立場です。で、今は何が何でも立憲、なのは。現在の憲法にかけて死んでいった多くの人々の、悲しい歴史を知っているからです。僕は昭和16年生まれですから、仕方ありません。その僕らも、当然死んでいくのですから、この世が変わるのはやむを得ないのですね。そんな僕は、生命論として「永遠」を、今日も、目指して生きているに過ぎません。このブログは、それが主題です。し、すでにおわかりのように、僕のキリスト教の師は、スイスの神学者エミール・ブルンナーと、決めています。ブルンナーは、僕が。明治学院での10年生活の、高校の時代の教科書なのです。古い話ですね。ですが、残念なことに、人間はいづれみんな、死ぬ。ということを深く認識しなければなりません。死ぬのだから、どうなっても良い、のでしょうか。そうは簡単に行かないでしょう。今日は選挙で立憲が少しは善戦したと知り、少しは嬉しいのですが。それで、なんとなく、こんなことを書きました。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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エミール・ブルンナー(1889-1966 / 明治22-昭和41)ドイツ語圏のスイス人。神学者。

僕の親父は明治41年生まれ、ですから。親父より年上ですね。

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下は、スイスの代表的な山、マッターホルン。は、彼の神学の象徴です。そのブルンナーの師は、いうまでもなく宗教改革者カルヴァンです。フランス人ですが。

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2019.07.21

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十三)

断っておくが、この表題は、いうまでもなく宗教的なものである。社会科学的なものでは、ない。が、僕はかつて。そしてさっき、ハーバート・ノーマンを読んだ。なぜかと言えば、僕は。日本の明治維新や文化に、前回で色々言及し。かなり、断定的にものをいったからである。僕は、そこで、やりすぎてはいけないと思い、ノーマンを読んだ。彼の代表的な著作は、「日本における近代国家の成立」(岩波文庫・2011年版・第1刷1993年)である。が、それを本棚から出して、少し読んだ。彼が、ブルンナーの嫌った唯物論者、であるかどうか、を確かめたかったからでもある。その本の解説、354ページには。彼はマルクス主義者ではない。と、はっきり書いてある。このノーマンという社会科学者は、僕がブルンナーに影響を受けたキリスト教的弁証法、の中にいるとき。明治学院大学では、いやで、もこの唯物論問題と対峙せざるをえなかった、時代の人である。だから当時、その事態はいたって複雑だった。話は、一気に固くなったが今更ながら。それは。当時の政治状況から来ている。あのとき、冷戦構造であって、今とは全く、世界の様相が違っている。今は、冷戦構造は消えて、あるのは、哲学的唯物論社会と宗教的唯神論社会、との対決であると、思うように、なった。からである。これを、社会科学で理解することは、もはや不可能。それは、ノーマン史学を読めば、明らかなことである。彼が、言わんとしたことは、彼の政治思想、と誤解されたものは唯物論思想なので。はなくて。彼が本来持っていた、キリスト教的宗教史的歴史観を、日本の文化や歴史として理解しようとし、その理解の困難性の中に。彼の不幸が生じた、と僕は僕なりに、思ったからである。だから、日本人として。これを再読しなければならないと、思った。のは、彼は当時。アメリカから赤と烙印されて自殺した社会科学者だからである。ということを言って、ノーマンの、ご冥福をあらてめて祈るのは。僕のクリスチャンとしての心がけ、なのであるが。彼の父上が、僕の好きな軽井沢と、深く関係した牧師だったからだと、今日は言って、終わることにしたい。老人も、まだまだ勉強しなければ、なるまいね。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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これは、スイスの暗い部分。要するに地下牢。ここに囚人は幽閉された。全て実写だが、まわりは岩、のみ。部屋などという、概念ではない。

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これは大氷河。恐ろしいほど冷酷厳然。もちろん実写。アイガーの腹に開けられたガラス張りの隧道から撮影したもの。

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これがガラス張りの隧道の内部から撮影したもの。つまり、アイガーの腹のなかである。実写。

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これがまじかに見る岩山。すごい迫力である。実写とは思えない。

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このアイガーは上手く撮れている。雲もなく、ラッキーだね。実写。コンタックスと富士フイルムの勝利だね。僕が撮影したと、今では信じられない。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十二)

で、僕は。真剣に。明治学院大学図書館にある「ブルンナー蔵書」を探検する気になった。のは、「聖書の真理の性格」という本は、どうも英文でも出ているらしいとわかったからで。それが、あるかどうかをまず、調べるつもりで探検を、始めた。今は、どの大学図書館も、ネットで探検できるから、もちろんそれを利用する。で、びっくりしたのは。「ブルンナー蔵書」の多さ、である。なんと74冊。古いものが一番奥にあるから、それが1943年の英文翻訳のもの、とはとは、驚きである。その年は、僕が三歳、信州にいた。もちろん日本は戦争中である。その戦争中に、敵国のアメリカ人の翻訳者(英訳なので)が、スイスのブルンナーの本(原文ドイツ語)を翻訳したものを、蔵書していたのである。当時、誰が担当したのであろう。僕は、探偵小説を読むように、ワクワクした。1943年の和暦は、昭和18年、だ。日本は、いよいよ負け戦に入る。勢いよく真珠湾を攻撃したのはいいが、そうそう日本の国力で続くわけもない、ということは、どうも戦争開始から当事者たちはわかっていたようだ。戦争は、政治に過ぎない。だから、どの辺りで決着をつけるかは、だいたい見当をつけていることだ。が、もちろん、意見は色々あるに決まっている。し、国民投票をして、民意を問うたわけではない。指導者が、うんうん言いながら、デキもしない(と、心の中で)やって、しまった以上。引っ込みがつかないから、戦争はズルズルとグジグジと、かまどの火のように燃え尽きるまで、やることにになる。ヒトラーの腹のなかも、同じだ。人間は興奮する。し、ともかく集団化した狂気は、始末が悪いのは。人間が我々のような、深い人間性を抱えるからに過ぎない。僕のように、もう歳をとれば死を間近にし、聖人君主だが。僕とて若い時は、燃える血を、抑えがたいのは、言うまでもない。それが、国民精神になる。もともと、日本は、明治維新など、やりたくなかったのである。革命は日本人的ではない。ヨーロッパ的だ。日本人は、どちらかというと。世界の人間の中で、鎖国のおかげで、人間情動において世界一の高さ、ができていた。それは、今なら日本文化として、世界も評価しているが。あの頃の、野蛮な西洋文明は、技術的高さがあって。日本人には頭が上がらなかった。そこで、一緒に来たキリスト教は、その文化の象徴だから、もっとも嫌われた。日本人は、獣でも見るように、異教の神を排除しよとした。のは、日本史の事実なのである。しかし、如何せん。明治政府は、何か新しいことを、しなければ格好がつかない。で、西洋文明に習ったのである。この辺りから、キリスト教も妙にエリート化して、お高くとまり。日本人を苦しめることになった。が、しかし。ヨーロッパの、現実的なキリスト教を研究すれば。それが、そんな格好の良いものではなく。むしろ、それ自体が。格好の悪い、人間性への攻撃宗教である、ということが明確になってくる。のは、人間の罪を、問題にするからである。それは、人間が。神を裏切り、その創造の原点(愛としての創造)を汚したという、基本の問題が。問題となっているに過ぎない宗教である、ということを。弁証法的に解明したのが、ブルンナーたち。当時の若い俊英の、唯物論に苦しられる神学者、だった。ということが、僕にも最近わかった。のである。僕は、それが。今まさに僕あたりがやる研究で。今の世界の、苦しめる唯物世界の、人間への苦悩の回答(キリスト教的)、であれば良いと、思っているのである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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今回僕は、あえて暗いスイスを選んだ。僕は、クリスチャンだから、明暗を無視しない。むしろ、暗い方に目が向くことが多い。暗い写真は、もっとある。が、今回はこの程度。全部僕の実写だ。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十一)

僕は、「聖書の真理の性格」をもう一冊、古書で買った。なぜかと言うと、この本は。僕にとって、決定的な高さ、を持っているからである。僕は、この本が持っている価値を、知ることを、知るものになった。ことに、我ながら感動した。なぜなら、ヨーロッパそのものの、真髄のようなものに。僕はどうして、ここまでのめりこめたのか。ということも自分ながら、全くわからない。が、僕は。日本では珍しいスイスカルヴァン派に、若いときに出会っていた(明治学院でチャンスを与えられた)、自分だった、と知った。ブルンナーは、1937年。この本で、宗教改革的カトリック批判をする。が、そのカトリック批判の中身は、実は僕も考えていたことで。キリスト教と接触すると、様々な疑問が生まれる中に、必ず出てくるものなのである。それは、当然で。子供であっても、そう簡単には、神様を認めるわけにはいかないのだ。まして、外国の神様である。明治学院や教会の宗教儀式も同じだ。日本の宗教儀式とは、明らかに違う儀式は。儀式は、目に見えるだけに、当然批判の的になる。それに対する疑問は、僕は自分の特殊な。キリスト教への、自分の非才から起こるものだと、勝手に解釈していた。が、今にしてブルンナーを読んでいると、彼は。僕が、僕の常識に従って持っていた疑問を、いともやすやすと。自分たち(ヨーロッパプロテスタント)の疑問としても、同じであると見事に本に書いている、ではないか。これには参った。これは、意外である。なんだ、自分が持っていた疑問は、不勉強だからではなく、よくわかって若い僕に沸いた。疑問なのだと、納得した。だから、僕は。彼の、具体的なカトリック批判をここでは、あえて書かない。興味のある方は、読まれるといいと思う。他愛ない問題から、複雑な問題まで。僕は、さすが明治学院に10年もいたから、しっかり疑問だったのである。これを、真正面から書いた日本人など、残念だが一人も知らない。し、まるで、私と同じように。心の中に飲み込んで。僕は僕なりに、さらに。他の友達は、他の友達は友達で。キリスト教から去っていった。と、知った。残った僕が、バカだったのか、去った友達がバカだったのかは、今更言っても始まらない。が、「残った僕」は、僕の疑問が。ヨーロッパの、大神学者の疑問と同じだった、と、思った途端。この本は、僕の宝物になった。それを思うと、同時に、僕はトマスクィナスの神学大全を、すごいと思った。なぜなら、その大著作のはじめには。しっかりと「神は存在するか」という、もっともな疑問が掲げらているからである。この本は。中世カトリックの、中心部を形成した神学だと、言われている。どちらにしても、ヨーロッパの神学者たちが、カトリック・プロテスタントを問わず。この大疑問に挑戦し。ともに、その挑戦の同志として。ただ単に、非難しあっていたのではない、という高い意識に。やっと、到達できた。自分を。本当に、ブルンナーのおかげだと、思ったのである。それが、この本をわざわざ、もう一冊、買った理由なのだ。日本で、こんな、面倒な思想の戦いを、やった人や時代があっただろうか。僕は、日本人の柔らかな思想の曖昧性を、愛さないわけではない。が。今後、それで、日本はたちゆくのか、と年寄りらしく心配したのである。いや、この柔軟性こそ、世界に通用する。人類の高い生き抜く思想、なのかもしれないが。僕は、画家筒井友美の作品「帰る場所」を、毎日見ている。ので、画家は、何を創造したのであるか。と、僕は今度、コーヒーを飲みならが、聞いてみるつもりだ。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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以下は、全部僕の実写と、スケッチ。特にカルヴァン関係でまとめてみたが。勝手に、それに関係なく気が向いて掲載したものもある。スイスはかなりあるから、楽しみにしていてね。カメラはコンタックス、フイルムは富士フイルム。これを、全てCDに焼いて僕は持っている。こういうのを、先見の明、と言う。要するに、大切にしたのである。単に、テクノロジーだけの問題ではない。が、高い現代的テクノロジーには、もちろん心から感謝している。CDを焼いてくれたのは、近所の55、というカメラデポさん。今も名前を変えて、そこにあり、ふだんからお世話になっている。ガラケーの写真は、そこで今も焼く。元気で綺麗なお嬢さんと、仲がいいのだ。年寄りの特権だね。

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2019.07.20

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十)

スイスを書いていると、なんとなく国際謀略に頭が動き、その途端にサマーセットモームに思いがおよぶ。のは悪いくせだ。浮気性なのだ。モームは、世界的に有名な作家であるが、完全な諜報機関の働き手である。1914年、第一次世界大戦の時。諜報機関と関係を持ち、二次戦でも活躍する古手だ。その彼が、ジュネーヴに住んで。表向きは劇作家であることは、有名である。僕がスイスから帰って、興味を持って読んだ本。「月と六ペンス」は、もちろんゴーギャンがモデルだと言われている。が、必ずしもぴったり一致するわけではないようだ。タヒチの、あの画家の魂を、太平洋の膨大の中に見ようとしたのであろう。その中のさらなるスイス。ブルンナーさんはますます、現代史の真っ只中に。出頭してもらいたい人、なのである。「聖書の真理の性格」(昭和25年・日本基督教青年会同盟・副題は「出会いとしての真理」、で表題の真理にはカッコが付いている)、その上に。「村田四郎先生に捧げる」などとも書かれ。ていて。この捧げられた人、村田四郎は。明治学院の院長なのだから、僕は因果だと思う。彼が、僕の若い時。教会で彼が最後の講演会を開いたとき、僕が控えの間のサービル係りをした。どうして、この本が厄介な本なのであるか。一言で言えば、この本。プロテスタントであるブルンナーの、カトリック批判の本なのである。この辺りは、クリスチャンでない人が読めば、なんの関係もない、が。この本が、結局。ブルンナーの、非常に大切な本にも関わらず、日本のキリスト教界は、絶対、再版できなかった本だと、推定した。これを読むと、ブルンナーは宗教改革者カルヴァンの国の、なるほど世界的神学者なのだなー。とつくずく思う。このカトリック批判は、半端なものではない。僕も初めてこんな明確な、批判書を読んだ。今は。つまり最近は。両派は甚だ仲が良く、特に日本のように、基督教が劣勢のところでは。それを両派共に、お互い批判したくない世界、というのが本音であろう。それは過去の歴史のことで。今は、違うというのだろう。再出版すれば、確実に誰かが傷つく。祖父ネットは「永遠」問題を考えるから、この問題を、ないがしろにはできない。組織の問題ではない、個人の永遠の問題、であるというのが僕の理由だ。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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この城のある船着場から、モントールまで船で行ったのではないか、と思う。もちろん実写で、コンタックスと富士フイルム。

 

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これは、僕が撮影したパリ。ちょっと最近、話が固くなりすぎるので、遊びに挿入してみた。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十九)

 諸君。おはようございます。いよいよ、教授の登場です、静かにしてください。講堂は一瞬、凍りついたように、なった。外には春風が吹いて、いた。何も変わらない春の風景は、この武蔵野原に明らかに世界を変える人が来ても。いつも泰然として、影響を受けなかった。教授は、登壇した。ブルンナーは、その日。ICU(国際基督教大学)と名付けられた、できたてのこの大学で、初めて学生と顔を合わせる。考えてみれば、戦後直後の交通事情は複雑で。連合国のすべての交通機関が、ここに立つ彼の便宜を図ってくれたのだ。第一次世界大戦以後設計された、彼の故郷チューリッヒ空港は、当時から国際スパイ合戦の舞台だった。し、深い霧にいつも閉じ込められているのは、スイス空港の特徴だった。不便こそ、スイスの狙いどこである。国際的にはジュネーヴが有名だが。ジュネーヴ空港は国際空港ではない。ここは、フランスに近接し、いつも歴史の中で、際どい役割をになっている。そこをうっかり、国際空港として利用するには問題が、ありすぎる。あそこは危ない。国際化できない、とは、スイス連邦会議の常識同意である。そこは、ヨーロッパの逃亡者が、いつもいつも安全の確保をするために存在した、都市なのだ。だから、そこに金が集まるのは常識。それが、スイスの狙いだ。フランスのヴィーシー政権に、図らずも関係した三谷隆信(戦後の侍従長)も、ほうほうの体でジュネーヴに避難していた。彼は、ナチスの傀儡であった、フランスヴィーシー政権に心ならず、協力しなければならない立場にあったのは。彼が、日本のフランス大使、だったからである。彼の兄三谷隆正は、明治学院から第一高等学校に進み、帝国大学を卒業、母校第一高等学校の教師をするといった、地味で有名な禁欲家で。有名なクリスチャンであった。その彼が戦中に結核で死んだことは、敗戦直近のフランスで、隆信は聞いた。が、どうにも身動きができず、ヒトラーの自殺と同時に、あっけなく消えた政権の終わりを見届け。日本政府の命令で、フランスからスイスに逃避したのである。彼は、日本に帰る準備をスイスでしながら、密かに。ジュネーヴのブルンナーを訪問した。彼は、戦後の日本再建は、ブルンナーにこそある、と、説得したのである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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成田からチューリッヒ空港に着いた僕らは、何が何やらさっぱりわからなかったが、ともかく飛行機を降りて、自分が乗らなければならない送迎バスを探した。あの頃は結構、スイス観光の日本人もいたが、みんななぜか迎えの人がいて、結局僕らはポツンと取り残された。それで、ざんざん苦労してこのバスを見つけ、どこに行くのやらもわからずに、このバスに乗った。このバスのローマ字を読んでもらえば、チューリッヒと読める文字が見えるでしょう。で、僕らはこれで都市であるチューリッヒに行くのかと思って、このバスに乗った。が、着いたところは、なんだか名前もわからない場所(オリコンとかいったように覚えているが)で、ということになる。そこが、スイスの第一夜である。それが、白夜とは、知らなかった。なにせ、日が暮れないのである。日を間違えたのではないかと、思ったものだ。

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この下の実写の写真がベルンの駅前。この辺りから、富士フイルムをカラーに変えている。カメラは、コンタックス。チューリッヒをほうほうの体で出発し、初めてスイスの首都ベルンに着いた。僕はいうまでもなくジュネーヴこそ、首都と思っていたから、ここが首都だとわかって唖然とした。要するに、スイス史の複雑性は、帰国後に調べてみたが、いまだにわからない国である。その政治機構、選挙、なぜ中立国なのか、なぜカルヴァンは、フランス人のくせに、ここで宗教改革者になったのか、とか。ルソーとは、何者か。など。きりがないが、僕は明治学院で、高校生の時にブルンナーが教科書だったから、こんな人間に、成り果てたのである。

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2019.07.19

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十八)

 前回の書きで、いい言葉を思いついた。キリスト教徒的原始的モデル、という言葉である。もっと言えばキリスト教的原始的生活モデル、か。七十七歳の今から思えば、これが僕の生活モデルである。この生活に、しかし。キリスト教ではいちばん肝心な、教会生活は入っていないのは、五十代ぐらいで無教会になったからで。無教会にナルト、一段と内村鑑三的原始的モデルになった、と思っている。僕という人間を嫌うものも、大いにいて。それが、辛い。まず列挙すると。ゴルフはしない。浮気もしない(心の中は自然主義)。食事の前はお祈りをする。就寝前もお祈りをする。聖書を読む。酒は飲まない。タバコは吸わない。会社の仕事に表裏を作らないで励む。会社の掃除をする。車は持たない。家は新築せず中古を買う。読書をする。喫茶店で雑談する。積極的には飲みにはいかない、飲まない。絵を描く。祖父ネットを書く。水泳を一人でする(仲間を作らない)。嘘をつかない。ざっと、こんな息詰まる生活が、僕の生活だった。夫婦で旅行する。妻を立てる。親孝行をする。他人の人生には口を出さない。会社の経理で一銭たりとも自己利得を計らない(心がけ)。ただ、口先卑猥をやめない(あまりの聖人君主なので、嫌がられる)。ので喋り、すけべーで通す(営業マンだった)。など、こんなところか。これが、なんでキリスト教的原始生活モデルなのか。って、これが僕のキリスト教的原始生活的モデルなのです。要するに、実践的モデルなのである。人は、信じられないというが、これが僕の実務的信用を、大いに培養し。会社経営を、なんとか乗り切って、今年金を、生きている。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

僕が成長した、信州の家。十歳ぐらいまで、ここで生活をした。僕の実写。さて、のぞいているのは、誰かな。僕の両親が、この田中さんの家を借りていたのである。以下同じ。このころのカメラは、バカチョンインスタント、だったか、な。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十七)

 言うまでもなく。京都火災の因果を説明できるわけでは無い。こう言った局面は、当然厳格な神学の局面でもあるが、神学者でない僕が、答えることはできない。次元が違うと言っても、身辺にある事件である以上。無視はできないクリスチャンの僕は、因果の説明はできないのが、残念である。いい年をこいて、無力である、と言うことほど残念なことはないが。犯人が埼玉県に住んでいた、と言うネット上の報道は、これで、いよいよ新聞時代も終わりを告げる、と言う経験をする。ともあれ、犯人をネット上で、見たので。これ以上は言えないが。その時点に至った人として、彼が精神異常者(精神科医から見て)でなければ当然死刑なのであるが、そのことより。僕は、彼は。あれほど燃えるとは、想像できなかったと、思う。僕は、建築設計にいたから、防火区画の意味を心得ているが、僕が関係していた設計会社も。かつて大火災を発生させ。それで、消防法と散々渡り合って、と言うことは知っているから。やはり、犯人の不幸、と言うものは、因果の涯であると言うことがわかる。犯人が、特定の人を狙い、特定の理由でそれを実行する、と言う比較的単純なものは、犯人の立場も理解できる場合もあるのは当然である。だがしかし、実行した犯罪者と、できてしまった結果との、矮小化された犯人の欲求不満や、思い違いがあったにして。その結果は、犯人の予想をはるかに超えていることと、想像してしまう。そう言う意味では、放火というのは、非常に危険な犯罪で。あり、それを面白がる精神異常の人も、いると聞くが。どうも、今回の犯人は。粗忽者で、そう言った想像力に欠けていて。自分がいかに恵まれていても(些細なことで)、それを理解できない。のだと、思う。で、そう言った人間が、どうして出来上がるのか。要するに、何事も社会化されたモデルが、あって。それに、自分は合致していない、脱落者だと、勝手に思い込む人が増えているのではないか。俺は、あいつよりましな人間で、などと誰が決めたのかどうか、わからないが。それには、確かに。確かな、社会モデルが。存在することも確かである。この、テクノロジー的に向上せざるを得ない、現代社会の進化論的なモデルは、僕のようなキリスト教徒的原始的モデルで生きている人間には、あまり縁がないことなのである。と、いわざるを得ない。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

これは以前にも掲載したかな。これがチューリッヒの地味な駅の実写。しかも、時刻表はいたって簡単。だと、あとでわかる。毎日、大した本数もなく、臨時などという便利なものもない。きっちと毎日、決まって汽車は出て行く、また戻ってくるのが、スイス観光のしびれるところ。要するに、無理がない。日曜日は教会へ。という習慣が、長い間身についている国なのである。

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