キリスト教

永遠の生命論に向けて

2019.05.20

永遠の生命と進歩の概念、内村鑑三のアメリカ下品発言

 内村が、アメリカのキリスト教を批判して。書いたのが大正九年の「東京朝日新聞」広告欄に載っている。全集では第25巻、591ページである。彼はその中で、「我が日本に於いて本当のレリジョン(英単語書かれている、以下同じ)とサイエンスとの調和を計りたいと思います。何れにしろヴァルガー アメリカン クリスチャニテイ ー は真平御免であります。そうそう(匆々)敬具 」とある。朝日新聞の広告、とあるのは理解しがたいが、そう書いている。それより、アメリカの下品(vulgar)を嫌った内村らしい、広告である。アメリカを嫌ったのは、彼ばかりではない。歴史の長いヨーロッパなどは、それをきらうことこの上もなかった。が、第二次世界大戦で是非参戦してもらいたい、の一心でイギリスなどは、だんだんアメリカびいきが出てくるのである。

 が、基本は変わらず。歴史の長い日本なども、実際はアメリカ嫌いである。僕も、実はアメリカ嫌いで、明治学院のようなアメリカ人の優秀な人(ヘボン)が神学校として作った学校に10年も行ったものでも、実際アメリカ嫌いなのである。しかし、当時はアメリカ好きも、いっぱいいて、戦勝国アメリカの空気を吸いたい人は、日本人の中に山ほどいた。が、僕は体が小さいので、でかいアメリカ人にえらく劣等感を持っているから、それで嫌いなのであろう。が、内村は日本人としても偉丈夫で、ヒケなど取るものか、といった武士の子孫で。堂々と、アメリカ嫌いなのである。彼が、色々あってアメリカに行くのは、札幌農学校で結局洗礼を受けてしまったことを受け、それならその本場を(当時はそう思われていた時期)見てやろうと、思ったのであろう。もともと、早々離婚する羽目になり、その不満解消をアメリカ留学にかけたのであろう。だが。ともかく、彼が死んで、まさか愛する日本が太平洋戦争まで、やるとは予想してはいないはずだ。ともあれ、下品なアメリカのキリスト教は、あの勧誘の、よく見かけるあの手の、アメリカ的勧誘には。僕もほとほと下品なものを感じている。そのアメリカこそ、それこそ科学発展の本場で、原爆を開発し、広島に落っことしたのだから。戦後に、罪深いアメリカの行動は、世界の軽蔑を受けてしまったのが現実である。その反面、高い科学の現実がまた今の世界騒動の問題と、なっている。何しろ、コンピューターにしても、アメリカはともあれすごすぎる。

 

 という、アメリカの不幸は、今も世界の不幸なのである。弁証法的であるキリスト教の発展形態たるアメリカは、矛盾の塊であることは、言うまでもない。それをヨーロッパの神学者ブルンナーは分析している。この人が、僕の高校の時の教科書である。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 

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永遠の生命と進歩の概念、奪われる未来(毎日新聞から)

スウェーデンのグレタさんという若者(十六歳)が、学校ストライキを呼びかけた、という記事。が、今朝のトップ一面の、毎日新聞である。スウェーデン語で書くと、SKOLSTREJK FOR KLIMATET らしいが。トップの写真が、彼女が掲げるスローガン、と彼女だろう。いうまでもなく、地球環境情報にもとずく世界の意識は、ここまできている。要するに、発展思想(俗的進化論)の行き詰まりであろう。で、有島武郎の北海道漁業と、絵画の関係をさらに読むことにした。北海道の厳しい冬と、スェーデンは、当時同じ質量を持っていたに違いない。厳寒の冬に耐える、漁業者のたくましさ。山のような波を乗り切りながら、漁を続ける労働者の群れ。

 は、今どこにいったのか。

 これを発展としないで、なんと表現するのか。さて、問題はこれから、ということであろう。有島は、もう一編の小説「カインの末裔」で、同じテーマにぶつかっていく。スェーデンの若者の標語は、「奪われる未来、若者よ怒れ」と書かれているようだ。で、彼女は、学校ストライキを訴える。僕は。戦後直後日本から帰る時に出版したブルンナー、が考えていた、進歩思想とキリスト思想の相克矛盾も読む(基督教のつまづき・1955年)。弁証法的な地球は、太古からすべて生命と死との、戦いである。だから僕は、絵画、なのである。僕は、昨日も近所の公園の、大木の下で絵を描いた。 

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 筒井友美作品。

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2019.05.19

永遠の生命と進歩の概念

かしら書きの、思いに至ったのは、殺人クリスチャン好地由太郎さんのおかげである。結局それが、神学者ブルンナーさんに至ったからである。それに「進歩の概念」と書いたのは、ブルンナー神学の中に文明の「進歩」が説明されているからである。日本の基督教の教会的働きが限界にきているのは、僕の目から見ても明らかである。なぜなら、教会ばかりではなく、人間の進歩そのものに疑問が呈される時代が来ている。教会も、その一環である。「進歩」が、限界にきているというのは、何も私ばかりの実感ではないと思う。これから生きる人がいるのに、こういうことを言う老人になりたくないのであるが。事実的全体的地球的問題だと思うので。死も近い老人がこう書くのは、よろしくないと知っている。甚だ迷惑だと思う。し、何にも面白くもないことであろう。

 考えてみれば、なんで。私がごときがこのような余計を書くのか、第一に書く資格などあるのか、と問われれば、では一体。誰が、このような大それたことを書く資格があるのか、と問いたいのであるから。僕は、こうやって、ブロガーとして、勝手に書いているのである。出版隆盛時代では考えられないことだ。こういった書きが可能なのも、出版の発展あってのことで。これを「進化」というのであろう。こう言えば、進化思想、進化概念は生きてはいる。が、しかし地球規模の資源の枯渇や人口問題や、核兵器、原発やプラ汚染などのことを考えると。本当に、これでいいのか。ということを自然とみんなが考えてしまうのが現代社会の実態であろう。それを引き受ける、若い人は、たまったものではないが。これから何十年も生きていかねばならない人々にとって、頭の痛い問題であるということに変わりはない。若いから、できるのである。が、この問題、実は。戦後に若い時を生きた僕たちにも厳然と、突きつけられた同じ問題なのである。あの時、世界は馬鹿げた大戦で多くの人命を死傷させ、剰えその殺しかたの凄惨なことは、これで人間であるか。と、問われた実態が次々と明らかになって、いく時代だった。それを引き受けた僕ら若いものに、訴えかけた神学者が、ブルンナーさんだった。スイスの人である。

 彼の本は、今は誰も読まないが、「基督教のつまづき」という本である。英語版では、「スキャンダル オブ クリスチャニテイ」という。僕が持っているものは、昭和30年に日本基督教団出版部から発行されたもので。図々しいことに、日本基督教団は、ここでも書いているように。戦中は「興亜讃美歌」なるものを堂々と出版し、それに少年版までこしらえて、戦争に協力を惜しまなかった今もある教団である。その、教団が、今度は終戦で。ブルンナーさんに頼り、基督教団の生き残りをかけたというのだから、恐れ入った話なのである。この興亜讃美歌は少年版とも明治学院図書館が今も保存している。是非見せてもらいたいものだ。で、一方、好地由太郎さんは慶応元年生まれの、十七歳の若い時に、女盛りの女主人を殺し放火した(日本橋で)クリスチャン(もちろん後での話)で(「恩寵の生涯」という自伝がある)、基督教的ヒュマニズムの実践者になった人である。

 この二人を書くことになるとは、思いも及ばないことであるが。説明などできるものではないほど、面倒なことなのである。と今日は書いて、やめたい。

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 筒井友美作品。

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2019.05.18

永遠の生命と殺人罪受刑者好地由太郎さんの宣教活動(その1)

「好地由太郎」という人を書く、Wikipediaの書きは最悪である。全く、彼の人となりを表さない。のは、残念である。と、まず書くのは、ここのところのキリスト教界の教会的ていたらくに嫌気がさすからである。そこで、昔から研究している好地由太郎さんを書きたくなった。のは、彼の素朴で徹底的な信仰の中に(歴史に残った)、キリスト教の真の姿を見る思いがあるからである。と、書いて、その予告を短く書いてその1とする。

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 筒井友美作品。

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永遠の生命と小説家有島武郎の魅力と島田清次郎からの卒業

かしらがきの意識が生じたのは、有島武郎の生まれ出ずる悩み、を読んでいるからである。これを読んでいると、島田の小説の二十歳の幼さが目に付く。確かに、芸者冬子の内心の説明や生き方には、感心していたが、有島を読むと全く色褪せて見える。昨日はある病院に行ったのであるが、その間読み続けた。のは、有島武郎のそれである。北海道の冬を描く彼の力量を世間は認めるだろう。誰も異論のない、日本の誇る文学者である。あれを英語にしても、どうも上手くは伝わらない日本語の絶頂がある。その彼の小説の冒頭は英語で書かれているから。当時の学識の高さ、それを吸収する力量を感じるが、英語は訳されないまま冒頭に掲げられている。大したものだ。最近は僕も英語を読むことはなんでもないが(やっと)、英語のあまりにも単純な簡潔性には呆れている。日本語で、有島が著した北海道の漁民の。波を乗り切る力量など、とても英語では表せない。

 

 僕は、これを。明治学院の高校の時に読んだのは、その題名に惹かれたからであろう。生まれ出ずる悩み、とは有島もよくつけたものであるが、まさにそんな題名の内容が十分感じられる。が、読み切ったり覚えていたりする箇所など、一箇所もない。が、昨日は、全く激浪の中を魚の群れを追う漁業者の真剣勝負が、実に印象的に伝わってきた。病院は、今。全くクレゾールの匂いがしないに、気が付いて。呆れた。これは病院ではない。僕の知っている病院は、しっかりと消毒薬のにおいのする、しけたもので冴えないもので、わびしいものと決まっているのに、僕の昔の病院はすでに消えて。料金の精算も、次回の予約も何もかも機械がやってくれる。と言う、ことに驚いて外に出て、僕は最寄りの駅まで歩いて知り合いのいる、駅前の中板橋のアンデンドゥでコーヒーを飲み、家に帰った。小説の中の二人の主人公は、一人は有島という文学を志す人、もう一人は漁業を生業とする画家、の物語である。僕も今は、絵描きの端くれであるが、やっと思うように絵が描けるのは、水彩絵の具という道具とネット販売というシステムのおかげである、と言っておこう。もちろんその基幹は年金生活であるが。当時の有島にも漁民にも、それはないのである。

 

 にも関わらず、厳酷の海に二人は出て行くのだ。いうまでもなく、僕の比ではない。

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2019.05.17

永遠の生命と小説家有島武郎の魅力とその異常について

ついに、僕のブログも、おかしくなってきたのであろう、やはり、「有島武郎」に至った。有島は内村鑑三の弟子としても有名である。有島は、内村を裏切った最大の人物、として内村は。怒り心頭に達したようだ。その彼を以前、横浜生まれなどと書いたのは、全くのミスで。横浜は、薩摩隼人だった彼の父の勤務先で明治の高級官僚の息子。が、生まれたのは文京区であると、Wikipediaで知った。全て、彼に関してはやり直しである。久しぶりで(明治学院高校以来)彼に至ったのは、僕のキリスト教も、今更ながら知った事件の積み重ねで、真実内村無教会に至ったからで、さらに内村から離れた有島を連想したのである。キリスト教のあまりにも馬鹿馬鹿しい事件の中で、「興亜讃美歌」や「東洋英和女学院論文偽装事件」などのキリスト教的最大悪の事件がきっかけで、一気に。有島にも突入することにした。つまり絵画と文学の世界である。要するに神学世界から、離れたくなった。今更ながら論理で、神に至る不可能を知った。

 

 小説「生まれ出ずる悩み」は、北海道の自然を背景にしたドラマ。見事なもので、一字一字万年筆をギシギシと原稿用紙に擦り込むようにして書いた、と言う有島の書きに嘘はないと思える。やはり、言うまでもなく彼は、本物の小説家であろう。中途半場に終わった島田清次郎とは、小説の格が違うと思う。世間の目は、節穴ではない。

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2019.05.16

永遠の生命と武藤富男の「キリスト教入門」の解説(9)と興亜讃美歌の研究その二

表題の問題は、二者とも実は繋がりがある。一方は武藤富男、もう一方は興亜讃美歌。一見して繋がりがないように思うと、そうではない。前者は戦中の満州国宣伝担当の高級官僚、他方は戦中の国内キリスト教の戦争迎合讃美歌である。その実態には、いうまでもなく確たる繋がりが、ある、とはいえない。が、戦中日本の軍事侵略に迎合せざるを得なかったと、通常説明される基督教界特に、日本基督教教団と深く関係がある。どちらも明治学院とも関係が深い。ヘボンによって明治維新前から準備された明治学院は、純粋な外国の宣教学校、特に神学学校として期待されていた。ということを、僕は入学当時知らなかった。中学生の時に渡された高谷道男さんの書いた「ドクトル・ヘボン」を読むほどの技量はまだなかった。親にも見せたと思うのであるが、二人とも読まなかったと思う。僕を、明治学院に入れておきながら、両親ともそれを読むことはなかったと思う。

 が、僕は、実は初め読めなかったが、その後かなりこだわった。当初読めなかった、むづかしかったという印象を、なんとか克服したかったからである。それは、何度かの後にできた。ただ、それでも高谷という人が、まさか内村鑑三の研究会に出席していた秀才だった、とは人生の後半も後半でやっと、わかったことである。だから、初め無教会と教会という関係を整理できていない。この問題を僕たち戦後派が整理するのは、やはり相当の時間が必要だった。そして今、やっと七十七歳で、完成したと言えるだろう。それは、明治学院が深く関わったこの興亜讃美歌を持ってして、それは完成したと思う。ここまで、やったのか、と思ったのである。

 まさか、聖書を変えることはできない。聖書の解釈を変えることは可能である。自分に、都合の良い箇所は、聖書に山ほどある。が、それは、あまりなされなかったと思う。その解釈をして戦中有名になったのは、本間俊平である。しかし、彼は、真面目な大倉土木(今の大成建設)の社員大工で、いろいろの経過で、最後は東京帝国大学で基督教時局講演会まで開いた人である。が、ともあれ。その中で、讃美歌問題は、僕にとって実に深刻だ。それもご丁寧に子供讃美歌まで用意され、教会学校で歌われていたのではないかと、疑ることになったのは、僕だけかもしれない。馬鹿みたいに、真面目に僕も。教会学校の教師をしていたから、まさかこんな讃美歌があるとは思っても見ない戦後派であるが、なんとも情けない次第。キリスト教だけは、少なくとも少しは戦争に抵抗的程度の活動があって然るべしだと。思っていたのである。

 思って、今も教会クリスチャンである高校時代からの真面目なクリスチャンに。電話で、その一節を読んで聞いてもらった(歌ったわけではないが)、一言「軍歌だね」という感想だった。僕も、戦後文語調の讃美歌を歌っていたから、あまり抵抗はないが、その内容には抵抗がある。つまり、僕らは、戦中に改変されていた讃美歌の、そのまた改変された戦後讃美歌で、育てられた、と知った。「神は我がやぐら」が好きだったが、それは戦中の讃美歌からは削除された、ようだ。と知った。僕は、内村鑑三全集第25巻を読まざるを得なかった。内村は言う。「日本は聖書から科学を見る、ことがない。科学から聖書を見るから、聖書がわからなくなるのである。」と。明治維新という維新は、確かに科学が優先され、そのために宗教はないがしろにされた。科学的思想という名の下に、近代思想が入り込んだのである。しかし、欧米では、いつも当たり前のように、まず聖書があり、その聖書の研究や批判の中から科学思想を生み出したのである。その優れた科学を、聖書の検証もなく使用する日本が、アジアの先進文明国家に成長した、という歪んだ歴史を歩むことになった日本、と内村は分析もし、予言もしたのでる。

 

 今の日本は、科学によって、世界の孤児になった、と言って、今日は僕も書き続けられない。対処法は、ないのか。日本を世界史の正常値に、どうすれば戻せるのであろう。七十七歳の戦いは続く。

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 筒井友美作品。

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2019.05.15

永遠の生命と武藤富男の「キリスト教入門」の解説(8)と興亜讃美歌の研究

昨日は、びっくりポンの繰り返しで、最後は東大経済学部出身の三十五歳の青年議員丸山穂高のびっくりポンで終わった。のは、彼が確信犯であるということを確信したからである。維新の会は彼を除名したが、あのような発言をした人は、誰かが拾うものである。多分そういう風になるのが政治の常道である。初めはバカかと思ったのは、Wikipediaを見ていなかったからである。すぐ調べたら、通産省出身の優秀な官僚だったので、ははん、と思った。大蔵官僚では、間違ってもでない発言である。先日東池袋で交通事故の不幸を作り出したのも、彼と同じ経歴を持つ秀才老人で、あの不幸が元で彼の人生は真っ暗になったが、宗教的に救われる以外には救われる方法は、ない。と思う。僕も、実は昨日疲れていた。少し小雨が降って、好きな絵も外で描けないので、屋内で描くつもりでいたところ、なんとも奇怪なもの「興亜讃美歌」の情報に接して、一日中振り回された。僕の恩師が編纂した明治学院100年史に加え、やはり明治学院の「心に刻む・敗戦50年の自己検証」も読み、つくづく国家権力の高さと恐ろしさを経験していた。ので、丸山発言は、かなり意図的だと、思うようになった。

 

 武藤富男は帝大法学部である。僕らの時代の学長で、僕はその人生模様をよく知るのであるが、丸山発言と好一対をなすので、いささかい書きやすいが、ことは重大である。現代の秀才議員は戦争発言をし、一方は再軍備反対を唱えている。この一連の動きは、何を意味するのであるか。僕はそれを基督教的視点で捉えながら、今日はこの程度とし、内村鑑三全集25を読んで、気を落ち着け頭を整理したいと、思っている。諸君。僕は、世界が平和であることを願いながら、日本の未来に思いを馳せ、皆様の幸せを祈りながら、今日は曇りであるな。

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2019.05.14

永遠の生命と武藤富男の「キリスト教入門」の解説(7)興亜賛美歌という奇怪

ネット社会の尊さは、人間社会の愚と賢が、一段と精緻になることである。と、ネットで昨日、奇怪中の奇怪に出会った。ことから再認識させられた。僕らが、明治学院の戦後教育(十年間)を受けている頃。戦前にそんなことがあったとは、今もって思ってもみなかったことが、一気に明らかになった昨日だった。のは、呆れるばかりの「騙された」というはじめのショックから、少しは立ち直った。今朝である。かつて教会クリスチャンだった僕は、それが教会やミッションの学校を守る仕方のない、「方法」でもあった、と冷静になったものの。今朝これを書いているときは、またいささか感じ方も変わってきている。呆れたから、軽蔑的になってはいけないと思いつつ、もっと大人になって、やむを得ない処置。いや、積極的にそれほど。圧迫は強烈を極めていて、国家総動員の戦争の怖さと、国家権力の暴虐の深さと闇を、思わずにはいられなかった。七十七歳の僕である、とはなんと、情けない非力であろう。だから、ローマ帝国は、増殖するクリスチャンを処刑していくのであると、思いつつ。現代クリスチャンの自分を責めている。

 などと、散々ん気を持たせているが。表題の「興亜賛美歌」などというものをご存知の方はまれびとであろうと、思うのである。僕は無教会のクリスチャンであるが、本当に内村鑑三には、心から感謝している。無教会で、良かったのである、と。つくづく思っている。ただ最近無教会では、宣教の実はあげられないとも、自分を責めることもあるが、たまたま偶然に、友人の画家から昨日電話もあって(僕のブログを読む気の毒な人でもあるが)、少しは僕のキリスト教を理解していくれるところもあって、どうかしてこんなことでイエスキリストという神への信仰を、阻害しないように、僕も頑張ってみる、というのが、今朝の書きの意味するところである。が。

 戦中(第二次世界大戦・太平洋戦争)で、真面目に、本当に真面目に。かしら書きのような賛美歌が作られて、真面目に礼拝で歌われたような記録がある。大の大人が大真面目に、日本の侵略戦争を正当化して、なんと恐るべきこと。に、その正当性を賛美歌に表現して、教会で日本の勝利を歌った、という事実は、知らなかった。勝利を祈願したことは、知っていた。が、賛美歌まで、ご丁寧に作っていたとは、あきれたことである。戦争の首謀者たるキリスト教国ドイツなども、ナチズムにすり寄った教会のことは、知っていて。あきれ果ててはいたが、散々明治維新以来関係の深かったアメリカに世話になってできた学校(明治学院)も、それを賛美歌で実行していたとは。いろいろあるにしても、あきれた話である。卒業生として、組織としてのキリスト教のばかばかしさを、今更ながら、哀れんでも仕方がないが。やってしまったことは、先回の東洋英和院長と言うミッションスクールの論文捏造解任事件、なども思うと、悪魔の仕業は。やはり、さすがであると、思う。人間の弱さを言うイエスキリストの高さも、神にしてできる、ものであると、思いながら。礼拝堂で、心持ちいい気持ちになって賛美歌などを、さんざん歌っていたあの頃の若い自分を、思い出していた。無教会となってすでに20年30年も経過したから、この頃は、とんと賛美歌を歌っていない。

 もっぱら、聖書を読んで、簡単なイエスキリストの誕生の、処女生誕記事を読んで確かに、神でなければできないことであると、思うこの頃である。

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2019.05.12

永遠の生命と武藤富男の「キリスト教入門」の解説(6)と東洋英和女学院・院長解任事件その2

で、聖書のマタイ伝第一章を掲げる。マタイ伝(マタイによる福音書)で、十八節には次のように書かれている。「イエスキリストの誕生の次第は次のようであった。」これが、キリスト教のすべてである。神学などではありえない箇所。教会でもないのである。この言葉なくして、キリスト教はない。のである。どういうことかといえば、これが「神」が人になって出現したという唯一の証である、ということである。つまり日本語でいえば「如来」の出現に過ぎない。昔、明治学院を創りあげた宣教師たち、その代表はいろいろあるにしても私にとってはヘボンという人が、和英語林集成というローマ字和英辞書を作った時に、神と訳さず如来と、訳せば済んだ話で。如来をいろいろ東洋的漢字的日本語的に考えてみれば、神とは如来、すなはち出現したき時に、思うが如く出現自由に、出現する存在は、すでに日本文化の中にもあったのである。だから、特に深くは考えず素直に「如来するもの」が神と訳されたのである。で、ヘボン以来キリスト教の神は如来と訳さず、「神」と訳されることになった。

 中国語では神は「天帝」などとも訳されるから、その訳語そのものは、大した問題ではない。問題は、その概念であって、人間にとってともあれ如来していただきたい、救世主の問題である。人間は、有史以来知恵が増し、そのような存在をいつも希求せざるを得なかった。で、如来にとどまらずイエスキリストの優れているところは、如来だろうが神だろうが、その存在が人間としてわかりやすく、目に明らかな身近な存在として、神ないし如来が出現した、というストーリーにあるのである。ここに神学などあるわけはない。もちろん、科学もない。だからニーチェの肯定も否定も無意味であると思うのが、僕の立場である。

 このイエスキリストを神学化するのも人間で、素晴らしい人智であるが。その始めが聖書のもう一人の中心人物パウロ、の考え方の中に実在したのである。どちらにしても人間は、死の淵より救われたいのは、いうまでもなく。古代人とて、それに飛びついたのであるが、それで。ただそれだけで、人間社会の代表であったローマ大帝国は、それを国教としたのである。そこから、全ての人間らしい虚偽の歴史は始まる。いわば、西洋では如来をイエスキリストとして人間化したのであり、人間化したからこそ、そこに虚偽が生じたのであるが、その虚偽の宣教者が昨日の新聞の神学大学を卒業した人の、東洋英和の院長さんであると、いうことになる人間的、ああ人間的フライイング現象なのである、と言えるだろう。僕も若い時、東洋英和の女学生と仲間だったこともあり、残念であるが。今は普通の主婦ばあーさんとして、平穏に生きているに違いないと思っているが。多分彼女も、今更ながら、神(如来)が人になった、ということを信じているかどうか、疑っている。もちろん、いうまでもなく僕は今朝も聖書のその箇所を読んで、つくづくありがたいことであると思う自分をありがたいと、と思っている。ありがたい、とは漢字で書くと「有難い」、と書くが、本来ありがたい、こと。すなはちあることが、難しいこと、奇跡、が起こったので、ありがとうございます。と、人は答えるのであると、子供の僕に教えてくれたのは、クリスチャンの母なのだ。今更ながらえらい母だと思う。

 多分フライングした東洋英和の彼は、頭脳的にのみ神(如来)を考えたのであろう、それが神学なのかもしれないが。絵描きの僕なぞは、一本の草の中にも如来(神)を見るぐらいな歳であるから、何をか言わんや、であるが、今日も晴れているので、原っぱで絵を描きにいくつもりにしている。

 痩せがえる 負けるな 一茶 ここにあり と奥信濃の俳人は詠んだと思う。

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 筒井友美作品。

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